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なぜ、あの経営者は労働問題で悩まないのか?

弁護士 島田直行 のブログ

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経営者のための労働問題ブログ 第100話

「自分は正しい」ほど危険な思想はない

公開日
2018.04.02
投稿者
島田 直行( 島田法律事務所 所長弁護士)

労働事件に限ったことではないが「自分は正しい」と信念を持っている方ほど話がしにくいことはない。

「天命」であったり,「義憤」だったりを熱く語る人は,語る側として満足するかもしれないが付き合う側としては結構なストレスになる。実際に人格的に立派だといえる人が語るのであればまだいいが往々にして微妙な方が語るから不思議なものだ。「それをあなたが語りますか」という人が朗々と諭すように語ると見ている側として思わず吹きだしたくもなる。

「人に説教する場合には説教できるだけの自分なのかよく考えろ」と叱責されたことがあるが正鵠を得ている。そもそも語ることが好きな人は,とにかく「語ること」ばかりを重視していて内容についてよくわかっていない。自分の高揚に任せてしゃべってしまうからだ。これまでの経験からして人格的に成熟した人は,「自分が正しい」なんて考えていない。むしろ自分が未成熟であることを前提に人間関係を構築していく。未成熟であることの自覚が人格の成熟性をかもしだす。

「自分が正しい」と錯覚している人は,自分の世界を確立してしまう。自分のイメージと違うことがおきると矛盾がうまれるので相手を根拠なく批判する。批判の内容は,「自分が正しい」ということを前提とするために非論理的なものとなる。批判された相手は,議論ができずに一方的に非難されるばかり。相手は,うっとうしいので「ならもういいよ」となる。こうなると本人は,相手が譲歩してくれたとは考えずに「自分が正しいから相手が翻意した」と誤解してさらに自分の世界を強化してしまう。そんなわけで他人を批判するほどに自分の世界が広く強くなってしまう。ある意味では究極の負のスパイラルかもしれない。

これは職場における人間関係でも同じだ。「自分が正しく周囲が間違っている」と考える人がひとりいると職場が混乱する。みんなが萎縮してしまい本人だけが満足するということになってしまう。社長がそういう意識ならなおさら職場の雰囲気は悪くなる。

組織が円滑にまわるためには,「自分にもなにがしかの非がある」という自制的な意識を各自を持つことだ。議論も生産的な活動のためであって誰かを否定するものではないと理解しないといけない。「自由に意見を言って」といっても誰も口を開かない職場が少ない。これなど「自分の意見なんて否定される」「自分の意見は社長の求めるものと違うかもしれない」という不安が根底にある。自由に発言しても聞く側に自由を受け入れるだけの力量がなければ絵に描いた餅だ。

もし自分の意見に固執する人がいれば,「あなたの意見は自分が正しいということを前提にしている」とはっきり指摘するのもひとつだ。それで機嫌を損ねて協力しない人であればもともと協力できない。むしろ身軽になったと考えるべきだろう。

一歩引いて話を聞く自分を大事にしよう。