初回無料相談はこちら

ブログ 浜辺の事務所から

日々の出来事を徒然に綴っています。

ブログ 浜辺の事務所から 第80話

西郷隆盛の強さは振り切る力にこそある。

公開日
2018.01.04
投稿者
島田 直行( 所長弁護士)

あけましておめでとうございます。本年もつらつらとブログを書きますのでお付きあいください。(いつまで書きつねることができるのか未知数ですが)

今年の正月は,北康利氏の「命もいらず 名もいらず 西郷隆盛 」を読んで過ごしていました。大河もあることだしたまには西郷隆盛の本でも読んでみましょうかという気軽な感じで。

ちょっと脱線しますが僕は,北氏の作品のファンです。なにより文体がエッジが効いていてわかりやすいです。それなりの本を読んでいると著者の文体にどうしても意識が向いてしまいます。苦手なのは,美辞麗句を並べて「つまるところなにがいいたいの」という文体です。「もっとシンプルに書いてよ」と思わず突っ込みたくなります。

北氏の文体は,もともとバンカーということもあってからシンプルで骨太です。余計な表現が一切ない鋭利な歯のようなものです。評伝は,こういったシンプルな文体が似あいます。あまりに表現にこだわりすぎると著者のイメージだけに依拠した評伝になってしまい「エッセイ?」ということになります。

そのうえ北氏の文章は,論理的。これ意外と歴史ものでは抜けて落ちています。なんとなくドラマチックに書こうとするあまり前後の文脈関係なくズームアップして因果律といったものがわからなくなります。

話を戻しましょう。

僕は,西郷のすごみは振り切る力ではないかと考えています。過去のしがらみも,不遇な運命も,悲しみも,そして自分自身も。彼は2回の島流しを経ても歴史の表舞台に戻ってきます。そこには友人の犠牲などもあります。彼が友人の犠牲という過去から離れることができなければなにもできなったでしょう。

振り切ることは忘れることではありません。あきらめることでもありません。イメージとしては歯を食いしばっても日々のあるべき暮らしに行動と感情をもっていくプロセスだと考えています。

彼の無私の思想も「自分を振り切る強さ」からうまれたものでしょう。何かに固執するのではなく自分のやるべきことを果たすこと。

僕たちは,なにかに固執することで身動きがとれなくなります。そして感情と行動がコントロールできなくなります。そういうときこそつらくても「普通の暮らし」にこだわるべきです。

僕は,しんどいときこそ食事をきちんととるようにしています。食べるどころではない心境ですが食べます。それがあるべき暮らしだから。そしていろんなことを振り切るようにしています。糸を引きちぎるには痛みを伴うときもあるでしょう。ですが痛みの先にしか歩く道がないときもあるはずです。