初回無料相談はこちら

ブログ 浜辺の事務所から

日々の出来事を徒然に綴っています。

ブログ 浜辺の事務所から 第133話

頭にカチンきたときに僕はこうやって自滅から逃げる

公開日
2018.06.12
投稿者
島田 直行( 所長弁護士)

誰だって誰かの発言に頭にカチンとくるときがある。「なんでこんなに上から目線でものをいうの」「どういう言い方」「よけいなことを」などカチンときたときに内面からわきでる感情はいろんなものがある。

この「カチンとくる」という感覚はなかなかに難しい。「怒り」とも違うし「悲しみ」とも違う。あえていうなら「イライラ」というものだろうか。最近耳にする言葉としては「イラッとする」というのが近いのかもしれない。なんでんかんでも「イラッとする」と不満を口にする人がいる。そういう人こそ周囲から「イラッとする」と評価されていることに気がつかないものだ。

僕もときにカチンとくることがある。若いころは「なんで言われる筋合いがあるのだ」と反論もしていた。このところはできるだけ受け流すようにしている。くだらない話にお付き合いできるほどに暇ではないというのがもっともな理由。人間関係で疲れた人にも「切れてしまった人間関係ならほっとけば。必要な人間関係ならまた修復できるさ」と答えるようにしている。

そもそも僕らがカチンとくるのはどういうときだろうか。そんなこと考えたこともないかもしれない。

僕は,否定できないことを言われたときにひとはカチンとくると考えている。自分の行動が間違っていることはなんとなく自覚している。そういうときに周囲からデリカシーもなく「それ間違っていますよ」と言われるとカチンときて「言われなくてもわかっている」と反論したくもなるだろう。

僕らは,頭で理解していることをかならずしも実行できるわけではない。運動をした方がいいということは誰でもわかっているけど運動の習慣がないに人にとってはなかなか実現できない。思考と身体が完全にリンクしているような人なんていないだろう。むしろ矛盾しているからこそ人間らしい。

正しいことを明快に指摘する

言っていることはまさに「正しい」。指摘された人にとっても大きな誤解を回避できたかもしれないから感謝するべきことだろう。でも誰も感謝しないかもしれない。正しいことがわかっているのにできない。こういった思考と身体の矛盾があることは誰にとってもフラストレーションだ。しかも「なぜできないのか」の理由についてもおよそ検討がついている。理由もはっきりしているのに是正できない自分がそこにいる。周囲から指摘を受けるということは,そういったダメな自分あるいは弱い自分を直視することになる。だから相手が許せない。

僕らは,自分が想像しているよりもずっと自分が見たいものしか見ていない。自分のなかの矛盾や不調和といったものは基本的に目を閉じたい。いつか静かに目を開ければ矛盾などがなくなっているかもしれないという淡い期待を持ちながら。でも現実は甘くない。

僕は,カチンときたときには「なぜ頭にきた」と自問するようにしている。ゲームのように考えてみるとけっこう面白かったりする。カチンとしたときにちょっと自問してみると少しだけストレスが軽減するかも。ご参考までに。