読書感想:スタンフォードの権力のレッスン

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2021.08.26 (更新日:2021.08.30) 読書感想

本のタイトルというのは考えるとなかなか面白いものだ。タイトルだけで内容の概要がわかるものもあれば,内容とのつながりよくわからないものもある。「スタンフォードの権力のレッスン」は,その点においてとてもわかりやすい。つまりタイトル通りの内容ということだ。「権力」というのは言葉には,なんともいえない甘さや暗さがある。「権力をもってハッピー」というセンテンスを目にすれば違和感を覚えるだろう。人間の争いの歴史は,まさに権力を求めた争いといえる。権力とは絶対的な力であって同時に人を狂わせる魔性の性格も有するものだ。それは現実の世界でもいまだもって力を持ち続けている。人々が求める権力。もっとも,権力とは何かと質問されるとおそらく言葉に詰まってしまうだろう。他者を動かすことができる力という曖昧な表現しかできないかもしれない。求めつつ実際には知らない。それは青鳥のようなものかもしれない。

そもそも権力というもの自体には,正も悪もない。あるのは権力というひとつの力だ。問題は,その力を誰がどのように行使するかに尽きる。倫理観の高い人が使えば見事なリーダーシップを発揮することになり周囲を幸せにすることができる。邪悪な人が使えば誰かを苦しめることもできる。それが権力。本書では「権力とは何か」から「権力をいかに行使するべきか」に至るまでを現実の世界に紐付けながら展開していく。経営者というのは,組織において権力を握った者に他ならない。経営者は,権力について学ぶことも考えることもなくいきなり行使することから始めることになる。取扱説明書も読まないままにゲームを始めてしまうようなものだ。ゲームであれば何度か失敗しながらあるべき操作方法を知ることができる。だが経営の権力は濫用されると他人の人生をリアルに変える危険もある。「とりあえず行使しながら勘所を押さえる」というのは危険な考え方だ。巻き込まれた人にとってはたまったものではない。だからこそ本書を通じて権力について立ち止まって考えることには意義がある。立ち止まっていったん手から放すことではじめて自分が振るっている道具をじっくり観察することができる。

本書におけるコアの発想は,「権力とは他者のために利用してこそ意味がある」というシンプルなものだ。我々は,権力という言葉の響きのなかに保身といったものを感じるであろう。「権力を行使して我が身を守る」というのはイメージしやすいものだ。だが自分を守るために権力を活用すると濫用することにつながる。そしていつかは行使した力が自分に向けて行使され我が身を滅ぼすことになりかねない。これに対して権力を自分ではない他者のために行使すれば,そういったリスクを回避することができる。「自らの努力で手に入れた権力をなぜ他者のために利用できるのか。人はそんなにお人好しではない」という反論も想定されるだろう。でも実際に他者のために権力を行使する人はいる。しかも無意識のうちに。そして他者からは賞賛されより多くの権力を提供される。それはまさに正の循環作用といえるだろう。権力を手にする者は,権力の持つ強さと怖さを同時に学ぶべきだ。そしてじっくり権力を眺めると,そこには自分がうっすら映り込んでいる。そこに映る自分の顔を受け入れることができるか。試されるときだ。