民間給与の下落。経営者はどうやって難局を乗り切るべきか

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2020.09.30 労働問題

19年分の民間給与が7年ぶりに減少して平均436万円になったそうです。

民間給与、7年ぶり減少 平均436万円、19年分 国税庁

これってコロナ影響前の数字ですのでコロナ禍においてはさらに下落した数字になるでしょう。日本の中小企業の経営難が数字で表現された結果になりました。給与はもろに個人の生活に影響するので経営者としても頭の痛い問題です。

経営者であれば,誰しも社員に十分な給与を支払いたいはずです。ただ人件費は経営における最大の経費です。しかもいったん給与を上げてしまうと法律的には削減するのが著しく難しいです。個人的には賃金の柔軟性がない点がむしろ労使双方にとって負担になっているように感じます。解雇の柔軟性を検討する前に給与設定の柔軟性に取り組むべきとも考えています。つまるところ日本の労使慣行は,労働者を守ろうというたてまえであらゆる制度設計が硬直化しすぎている嫌いがあります。しかも制度を硬直化したからといって必ずしも労働者保護にもつながっていません。もう少し変化する労働環境に合わせた柔軟性が欲しいところです。話しを戻して中小企業における賃金下落が及ぼすリスクについて整理しておきましょう。

まず優秀な社員から退職していきます。なによりこれが経営者にとってつらい。これまでいろんな会社を見てきましたが優秀な社員として「賃金が安いから」という理由だけで退職した人には会ったことがありません。ひとつの要因かもしれませんが絶対的な要因ではないように感じます。そもそも賃金の相場は,入社時にある程度認識しているですから数字だけで何かを考えることはあまり想定できないでしょう。むしろ実際のところは賃金があがらないことで「自分は会社から適切な評価を受けていない」ということへの苛立ちから退職することが多いように感じます。これは別に賃金だけの問題はありません。とにかく「評価されていない」ということへの不満がもっとも強いわけです。「自分はこれだけ努力しているのに会社からは何らの評価もない」という気持ちがいったん生じてしまうと事後的に修正することは相当難しいです。会社からすれば,いくらがんばってもらっても全体としての利益が確保できなければ賃金で評価することができない事情があります。

次にどうしても社員のモチベーションが下がります。あたりまえですが。給与については,100%社員を満足させるものってないです。経営者と社員では立場が異なるためどうしても給与についての意識も異なります。経営者にとっては,「将来の事業がどうなるかわからない。長期的な安全のためには内部留保を確保したい」という気持ちになるでしょう。ですが社員にとっては目の前の暮らしこそすべてです。給与の下落は日々の暮らしにダイレクトに影響します。とくにこれまでと同じ給与がもらえることを前提にローンを組んでいる場合には相当の負担になります。ローンが支払えないためには消費者金融からの借入をしはじめたら終わりがないです。たいていお金のことで悩み始めると日頃の仕事に集中できずにパフォーマンスが一気に下落します。

ではどうするべきか。なによりも大事なのは,可能な限り人件費には手をださないことです。事業の合理化という観点からすれば,最大の経費である人件費の見直しをすることは定石と言えるでしょう。ですがたいていはうまくいかないですし経営者と社員のなかで冷たい壁がでてしまうことがあります。もともとぎりぎりの人数で回しているのが圧倒的に多数の会社でしょう。その状況下での秋風は辛い。

実際のところコロナで売上きつくてもなんとか人件費を上げている会社もあります。社員は,コロナで売上が減少していることは当然理解しています。それでも「賃金を上げる」という社長の判断に魅了されるのでしょう。会社全体がモチベーションにあふれています。やはり「この人は自分たちのためにすべて背負っている」と感じさせることが肝要です。いくら口で「がんばろう」といっても無駄ということです。企業は,「現状で売上はきつい。だが人件費はなんとか維持する」というだけで安心感はでてきます。それが大事なんですよね。そのときに「コロナで大変」というのでは社員としても納得できません。きちんと数字を見せて説明することで説得力も増します。こういうときに情報をあえて開示しないというのはあまりいい結果につながりません。むしろ憶測ばかりが広がってします。ある会社の団体交渉では「社長が私腹を肥やしているのではないか」と疑念を抱かれたことがあります。

仮にどうしても賃金の削減に手をつける場合には,その根拠を言葉で表現しないといけません。とくに一部の者にだけ削減を依頼する場合には,「なぜその人なのか」をきちんと説明してください。本人としては,「自分だけ決め打ちされた」ということにやはり不満を抱くはずです。経営者のなかには,年齢を理由に対象者を選択する人もいます。社員としては,「なぜ長年勤めたものから削減するのか。年齢だけで選択することはおかしい」という反発を受けることがあります。

あと削減する場合には,いかなる条件が整えば元に戻すのかについても明示しましょう。そうしないと「自分は削減されたままではないか」ということになります。