そこは地獄。「この取引はあやしい」と身構えるべき3つのパターン

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2021.02.10 経営者の方々へ

この仕事をしているとたまに「これは地獄だ」と感じるときがある。企業では,悪い奴にはめられて多大な経済的負担を強いられるのが典型的で。「うちの会社は大丈夫」という安心感こそ地獄へ至る第一歩になるものだ。たいてい取引を始めるときには当事者としても心躍る。ときに新規顧客の開拓に成功して売上の数字があがるとなればなおさらだ。そういうった高揚感こそ相手にうまく利用されるとは誰しも思いたくないだろう。でもそれが現実だ。みんなが倫理的に正しい人ばかりとは限らない。自社を守るためには「この取引はあやしい」と見定める嗅覚こそ必要。今回は個人的な経験をベースに注意するべき3つパターンを紹介しておこう。きっと「あー」と感じるところがあるはずだ。

1 小さく始めて大きく落とす

建築関係などでよくあるのが「小さく始めて大きく落とす」パターンだ。建築の分野では,いまだに「信用」とか「慣習」という表現が重宝されて契約書がそろっていないときが珍しくない。「契約書は取り交わすべきです」と何度説明をしても「大丈夫。信用のある相手だから」と回答されて信用が裏切られてあわてることになる。「これでは資金繰りが」と事業存続が危機になることもある。悪徳業者は,小口の取引からはじめて相手の信用を手に入れようとする。小口の取引をいくつかオーダーして滞りなく支払をする。場合によっては「いい仕事だ。これからも頼む」など称賛する言葉も付け加える。言われた側としてはあたりまえだが嫌な気がしない。むしろ「この会社は自社の価値をわかってくれる。いい仕事をして信用に応えなければ」という気持ちにもなる。悪徳業者は,こういった気持ちをうまく活用して相手を騙すことになる。

信用が相手に生まれたところで「大きな案件があるのだがやってみないか」と語りかけてくる。もちろん言われた側としては「この信用に答えなければならない」という気持ちで即答してしまう。結果として契約内容もはっきりしないまま工事がはじまることになる。契約内容をはっきりさせることがまるで仁義に反するような雰囲気を醸しだしてしまう。実際に工事がはじまると調整や追加工事がどんどんオーダーされる。下請としては,「費用を別途もらえるはず」と当然のこととして対応するものの一向に金銭の話がされないことにしだいに不安になってくる。本来であれば「なんだか怪しい」と思ったところできちんと追加工事の費用について書面で確認するべきだ。それが「なんだかお金のことは言いにくく」ということでずるずると作業を進めてしまうことになる。「工事終了後に清算すればいい」という安易な期待はたいてい裏切られることになる。覚えて欲しい。気を遣って曖昧なまま話を進めるリスクはいつも気を遣う側だけが負担する。

仮に工事の途中で追加工事費用などについて確認を求めても「俺を信頼していないのか。ちゃんと終了時に清算する」「まずは工期を守れ」「他の工事が欲しくないのか」など調子のいいことを言って具体的な話を回避する。そして工事が終了しても「基本工事の代金にすべて追加工事部分も含まれている」といって支払いに応じない。こういう企業は,訴えられることをいとわない。裁判になればどうしても解決までに時間を要する。下請け企業としては,時間をかけるほど資金繰りに窮することになり早期解決をせざるを得ないときもある。そこを悪徳業者は狙っている。

2 あまりにもできすぎている

あらゆる事象に共通することではあるが,完璧なものほど不自然だ。そこには誰かの作為があると推測せざるを得ない。これは取引にしても同じだ。商売における取引においては,不可避的にデメリットやリスクといったネガティブな事象が含まれる。そのリスクをどこまで引き受けるかがいわば商売の才覚といったところであろう。逆にいえば,「この取引は安全でまったくリスクはない。メリットしかない」というのは不自然なものだ。おそらく大半の人にとっては,「そんなことは言われなくてもわかっている」と感じるだろう。報道で詐欺を目にすると「自分は大丈夫」と安心しているかもしれないが,なぜ自分は大丈夫と確信できるのだろう。「自分は大丈夫」と考えている人ほど詐欺の被害にあいやすいものだ。なぜなら仮に詐欺にあっても被害者という事実を受け入れることができないからだ。

あたりまえだが「騙そう」という人は,最初から詐欺の顔をして近づいてくることはない。むしろ善人として目の前に現れるものだ。しかも詐欺といってもテレビドラマで見るような複雑で緻密な方法を用いるケースはあまり目にしたことがない。周囲からすれば「なぜ怪しいと思えなかったのか」と不思議にすら感じる極めてシンプルな方法で騙されているケースこそ圧倒的に多いように感じる。そもそも複雑な手法を用いるほどに騙す側も管理が難しくなるからできないのであろう。僕らが学ぶべきことは,なぜ人はありきたりでわかりやすい方法で騙されてしまうかということだ。「楽に儲かる方法などない」と頭では理解しているのにもかかわらずだ。

つまるところ人は,たいてい自分に騙されている。「これで売上があがる」という高揚感は,冷静な判断力を本人からうばってしまう。高揚感というのは,本当に恐ろしいものだ。自分の目の前にあるリスクを過小評価させるからだ。「でも大丈夫」という根拠のない自信を自分に与えるといったほうが正確かもしれない。「この機会を手放すとあまりにももったいない」と考えるほどに沼に落ち込んでいくようなものだ。第三者に相談すれば回避できるようなものでも「人に話したら機会を失うかも」と考えて相談することすらできない。結果として多額の投資をしてまったく連絡が取れなくなるという悲惨な結末になる。なにごともできすぎは恐怖でしかない。

相手の資産が見えてこない

「トラブルになれば訴訟をすればいい」というのは,現実の経営を全く理解していない。そもそも相手の所在が不明になると訴訟を始めるだけでも苦労する。しかもやっとこさ勝訴しても相手に資産がなければ絵に描いた餅で終わってしまう。訴訟というのは問題解決のシステムとして最終手段ととらえたほうが中小企業の経営的には適切だと個人的には考えている。

訴訟にさきだって相手の財産を仮に差し押さえる方法はあることはある。あるけれども相手の資産が不明であれば簡単なことではない。口座を差し押さえるにしても支店名までの特定が必要である。相手の工事代金にしてもどこの工事であるかを把握しないといけない。たんに「相手の財産を」という抽象的な申し立てをすることはできないということだ。実際の相談でも資産を特定できないゆえに苦労をすることが珍しくない。「本社があるはず」と行ってみるともぬけの殻というときもある。

資力がないため返済をしないという場合には,裁判をしても回収できないというケースが少なくない。事務所として依頼を受ける場合にも「回収できないリスクがある」ということは注意して説明しているようにしている。「弁護士に依頼≒回収可能」と誤解している人がたまにいるからだ。つまり弁護士費用だけかけて回収できないという結末に至ることもあることを覚悟してもらわなければならない。

こういう事態にならないためにも相手の資産をできるだけ早い段階で確認しておくべきだ。これは取引を開始した時点でなければ把握することができない。トラブルが現実化するほどに相手も警戒して資産を明らかにしないからだ。逆に言えば相手の資産が判然としない段階で取引を開始すると言うことはリスクを引き受けていると言うことに他ならない。

「あそことは長年にわたり取引をしているから大丈夫」というのは取引における担保にはならない。商売における信用の重要性はよく理解しているが精神的な信用は確実な支払いをなんら担保しない。20年来の取引先からいきなり反故にされた会社もある。とくに代表者が代替わりなどすると方針もガラリと変わることもある。自社を守りたいなら冷静に相手の資産も事前に確認しておくべきだ。