とにかく医師は「ひとの問題」で疲弊している。すべてはそこからはじまる

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2021.05.14 (更新日:2021.05.17) 医療機関の方へ

「院長、クレーマー&問題職員で悩んでいませんか?」を出版することになったのは,弁護士として多くの医師が「ひとの問題」で頭を抱えて疲弊していることを目にしてきたからです。とかく医療と司法の関わりといえば医療過誤ばかりがイメージされがちですが,実際にはひとの問題に関するものも相当数あります。個人的には医療過誤よりもひとの問題に関する相談が圧倒的に多いわけです。その意味では医師が抱える悩みは,一般企業の経営者が抱える悩みと共通しているといえるでしょう。もっとも医療は,公的な目的もあるため一般企業のように営利性のみで判断するわけではありません。そういった医療分野の特徴は,ひとの問題にも影響していきます。医療はすべての市民に関わるものです。医師の悩みを共有しておくことは,適切な医療の実現のために必要なことでしょう。ここでは「どういった悩み」を抱えているのか整理しておきます。

医師の抱える泣き止まない双子を両手で抱えながら診察を強いられる

「先生,僕は医師として目の前の患者だけを見たいのです。それなのに余計なことがあまりにも多すぎる」スタッフとの労働問題に疲弊した院長が吐き捨てるように口にした言葉が本書を執筆しようと決意したすべてのはじまりです。この言葉に医師の矜持と苦悩が集約されているとしみじみ感じます。医師は,ヒポクラテスの誓いを胸にしてキャリアを築いていきます。開業医,勤務医あるいは研究といったように立場は異なれども「人の生命を救いたい」という願いにおいては同じでしょう。でも実際には,少なくない医師がひとの問題において悩みを抱えているものです。典型的には,問題社員とクレーマーということになります。それはまさに泣き止まない双子のように医師の両手を塞いでしまいます。「部下の医師が反抗的な態度で困る」「医療スタッフが好きなことを言ってくる」「患者の家族がしつこく電話をしてくる」など具体例を挙げはじめたらきりがないです。

しかも医師は,こういった問題を抱えながら誰に相談するべきかがわからずすべて自分で対応してしまいがちです。一般企業の経営者であれば,「とりあえずひとの問題は難しいから弁護士に意見を聞いてみよう」ということになるのでしょう。ですが医師の場合には,弁護士に相談するまでのハードルが想像するより高いわけです。まずなにより「弁護士に相談するべき問題」ということの意識が薄いです。どうしても「弁護士に相談するのは医療過誤の場合」というイメージが強いのかもしれません。しかも普段の業務のなかで弁護士と関わることがあまりにも少ないため相談先を確保していないというケースが少なくありません。問題が複雑化したときに税理士・社労士といった士業,高校時代の同級生や加入する経済団体のメンバーなどを手がかりに弁護士を模索するということになりがちです。ですから「ひとの問題」に対応実績がある弁護士がどうか関係なくとりあえず相談ということになってしまいます。

本書では自分が経験した事例(守秘義務の関係で特定できないように適宜修正を実施)をベースに議論を展開しています。ですからかなりグロテスクです。でもリアルなものはグロテスクです。そこを直視するからこそ問題の正確な認識が可能になります。

医師からの「いったい誰が雇用しているのかわからない」という悲惨な声も

医師というのは,社会的地位も高く「先生」と呼ばれる存在です。同時に「先生」と呼ばれ慕われるがゆえに一般企業のように営利性を判断基準として経営をすることができないという限界もあります。例えば開業医であれば,「経営のことで悩むのはいやだから事業をやめよう」と簡単に判断をすることはできないでしょう。そこには医師を信頼している患者がいるからです。開業医には,経済合理性に先立つ「地域医療を守っている」という自負があるからです。

医師は,医師としての立場があるために世間体を気に過ぎしてしまう傾向があります。それがさらに問題をややこしくします。問題のある社員に対しても「機嫌を損ねて退職されても困る。ただでさえ人手不足なわけで」と考えると見て見ぬ振りをして自分を騙すことになります。安易に指導をして労働事件にでもなれば「風評被害になるのではないか」とおびえてしまうわけです。そういったトップの姿勢は,しだいにクリニック全体に広まって院長への信頼を喪失させることになりかねません。あまりにもスタッフへの機嫌を考えるあまり「いったい誰が雇用しているのわからない」と嘆息をはかれていた方もいらっしゃいました。おそらく院長としての本音でしょう。医師は,「医師である」という事実によって自由に身動きがとれないという側面があります。

また医師は,法律的な規制も受ける立場にあります。例えば労働法は,医療スタッフを守るものであって院長を守るようなものではありません。ですから労働問題になったときには,圧倒的に院長が不利になっていると覚悟するべきでしょう。聡明な医師であれば,「なぜ労働者がばかりが守られるのか。契約における当事者は対等なはず」と反論したくもなるでしょう。ですが労働分野はそうはなっていません。「クリニックの方針にあわず退職も応じないから解雇」というのも簡単に認められるわけではありません。そもそも解雇が認められるのは,極めて限定されたような場合だけです。他にも医師法の応召義務という問題もあります。

問題社員とクレーマーのいずれにおいても医師は事実と法律で両手を縛られているとイメージするといいでしょう。

双子の問題は相互に影響し肥大化していく

問題社員とクレーマーは,これまで別個独立の課題として取り扱われてきました。ですが双方の事件を担当してきた弁護士として感じるのは,両者はひとの問題として極めて類似性を持っているということです。具体的な共通点としては,①感情をもった個人を相手にすること②組織の抱える問題であること③怒りの感情が周囲を巻き込むことが挙げられます。

これまでの議論では,それぞれの課題をいかに効率的に解決するかという戦術レベルで語られることが圧倒的に多かったと言えるでしょう。おそらく少なくない医師が労働問題のセミナーあるいはクレーマー対応のセミナーに参加して「いい話」を耳にしてこられたはずです。ですが立ち止まって考えていただきたいのは,その話を聞いて本当にクリニックの課題がすべて解決したかということです。実際のクリックの運営においては,「いつかのまま」というケースも少なくないと考えます。これは問題の抜本的な解決がなされていないからです。抜本的な解決から目をそらして表面的に解決してもまた同じことが繰り返されるだけです。ひとの問題をいっかつしてとらえることではじめて自らのクリニックの抱える課題が浮き彫りになるはずです。

問題社員とクレーマーの問題は,実際には総合に影響して肥大化していくものです。だからこそ「まとめて」対応することがクリニックの平穏を実現するうえで不可欠な視点になります。本書でお伝えするのは,そういったダイナミックな視座です。