介護保険料の滞納問題から考える「みんなで支える」ことの意味

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2020.10.11 経営者の方々へ

65歳以上の方による介護保険料滞納が社会問題になっています。

介護保険料滞納、差し押さえ最多 65歳以上、約2万人

医療の発達により平均余命はこれからさらに伸びていくでしょう。ですがいくら余命が伸びても健康であり続けることは簡単なことはないです。時間とともに肉体が衰えていくのは自然の摂理。介護を要する期間も自ずと長くなってくるはずです。高齢化社会を見越して設立された介護保険制度。「制度としてうまく機能していない」という批判も少なくありません。批判的な声で多いのは,「介護保険料は高い。それにもかかわらず自分の望んだサービスが利用できない」というものです。一見すると制度に対する批判のように聞こえます。ですが,これは批判ではなく不満ですね。世の中には批判と不満をごちゃ混ぜにしている人が多すぎです。これでは批判をされた人が反論することができなくなります。批判をするときにはもう少しきちんと問題を整理する必要があります。

弁護士として事件に触れていると高齢者の貧困に頭を抱えることが多いです。下関は,高齢化比率の高いところです。少ない年金のなか食費と家賃を払ったらほとんど手元に残らないというケースも少なくありません。こういうことを話すと「これまでの蓄財があるでしょ」と言われますが若い頃に安定した生活をしていない場合にはなかなか蓄財にはなりません。冷静に考えてみてください。現在は住宅ローンの完済時期がだいたい73歳と言われています。73歳まで負債があるなかで蓄財をするというのは簡単ではないでしょう。将来においては高齢者の貧困はさらに悪化するのではないかと考えています。高齢者の貧困は,「今の高齢者」の問題とは限りません。現状で30~50代の人にとってはすでに始まっている問題です。

一般的な負債であれば,破産すればたいてい免責されます。つまり支払う義務から解放されます。ですが介護保険料は破産しても解放されません。破産後も滞納分も含めて支払い続ける必要があります。これは税金でも同じです。ですから税金や介護保険料の滞納がある場合には,破産しても抜本的な問題の解決にならない場合があります。しかも介護保険料の滞納があると介護保険サービスが利用できないという現実もあります。「この人には介護サービスが必要。でも利用できない」となれば本当に困った状況になります。とくに周囲の者が対応に苦慮することになります。

現状の介護保険制度が完璧なものであるとは考えていません。でも僕は,やはり公的な保険で高齢者の介護を実現していく制度は必要は不可欠と考えています。とくにこれから高齢者が人口が増えていくなかで民間の力だけで社会を維持していくのは無理でしょう。仮に自由市場に任せてしまうと介護してもらえる人としてもらえない人に二極化していきます。それは間違いなく社会の分断を作りあげていくことになります。制度はやはりフィードバックしながら変えていくほかありません。「公的な保険制度そのものがおかしい」というのであれば,それに変わるものを模索しないといけないでしょう。ですが現状でそういったものがあるとは考えられません。公的保険制度では,どうしても不公平感が生まれてしまいます。「支払った保険料に見合ったサービスを受けることができなかった」という不満です。人は,「自分だけ損をした」ということに相当のストレスを感じます。そのストレスが制度に対する不満としてでてくるのでしょう。

公的な保険制度の本質はやはり社会における支えあいの精神だと思います。増え続ける介護の負担を一部の人だけが負担するのはできません。みんながすこしずつ負担を背負うからこそなんとかやっていけるのでしょう。おそらくこれから介護の保険料はますます増えてくるでしょう。「保険料の増加ばかりひどい。制度が悪い」というのは簡単です。ですが制度にいくら不満をいっても問題の解決にはなりません。「ではあなたの家族はすべて自費でサービスを利用されますか」と言われるとたじろいでしますでしょう。一般的な家庭で介護保険なくすべて金銭的負担を背負うというのは相当の出費になります。自分の暮らしが破綻する可能性すらあります。「自分は損をしている」という意識は誰しも少なからず持っているものです。ですがそれをこらえていくことでしか介護の負担をみんなで背負うことができないような気がします。「ともに支え合う」というのは言葉の響きとしては素晴らしいです。ですが実現するには相当の介護と負担が必要です。