書評:世界は贈与でできている――資本主義の「すきま」を埋める倫理学

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2020.03.22 (更新日:2020.03.23) 経営者の方々へ

コロナウィルス感染防止のための自粛ために久しぶりに連休らしい連休を過ごせると考えていました。考えておりましたが予想が外れるものであることを身に染みて感じました。。。

仕事の合間に祖父母の墓参りをすることができたくらいが休みらしい休みだったような気がします。人には,仕事と生活のバランスが大事というものの実践はなかなかできないものです。「仕事から離れよう」と念じるほど「あの案件はこう展開してみたらどうだろう」と考えてしまう。あほかと。

そんな連休ではありましたが本は久しぶりに読むことができました。悪癖のひとつが「とりあえず本買ってしまえ」症候群というものがあります。仕事に飽きたらAmazon眺めてぽちっと。届いた本を眺めては「こんな本を買った記憶がない」ということしばしばです。本を気兼ねなく変えるようなったことが唯一大人になったことを実感する瞬間でもありますが。

この連休には世界は贈与でできている――資本主義の「すきま」を埋める倫理学 という本を一気に読んでいました。

タイトルの通り現在における「贈与」について考察した哲学書です。哲学書と言ってもわかりやすい表現とロジックなので誰でも楽しく読み進めることができます。

贈与って誰でも知っていることですが深く考えることってあまりありません。例えば好きな人にプレゼントを選ぶときワクワクしますがなぜワクワクするのでしょう。自分のもとからなにかが失われるのに。「相手が喜ぶから」というのが回答のひとつになるのでしょうがなぜ相手が喜ぶと自分もうれしいのでしょう。僕は,もともと贈与という人間の行動に興味を持っていました。本書を読んで「そうか。贈与とはこういうことか」となんいうか新鮮な驚きを覚えました。

本書では贈与を「あげる側」ではなく「受け取る側」において考察していきます。「受け取る人がいる」ということが社会においてはとても大事なことなのです。例えば誕生日会を想像しましょう。誕生日会となれば,誕生日を迎えた人がプレゼントをもらうでしょう。プレゼントをもらったひともですがあげたひともうれしくなるものです。このときのうれしさは,「手に入ったうれしさ」ではなく「おくることができたうれしさ」です。そしておくるためには,受け取る人が必要になってきます。つまり受け取る人がいるからこそ人はおくる喜びを味わうことができます。もし誰も受け取る人がいなくなればなにもおくることができません。その意味では「自分には与えるべき見返りがない」と考える必要はありません。「受け取ることができる」というだけで十分なわけです。

これは僕もつくづく感じます。僕は,若い人から相談があれば基本的に時間をとってできるサポートをしてあげるようにしています。悩みを聴いたり問題解決のヒントをあげたり。はっきりいってビジネス的にはまったく成り立っていません。でも僕は,先輩から支えてもらいながら今の仕事を維持することができました。ですから恩に報いるためにも若い人からの相談にはとりあえずのっています。それが自分なりの責任と感じています。若い人に対しては「何も見返りはいらない。ただ自分が同じような立場になった相談に乗ってあげてね」と伝えるようにしています。そういう時間を超えた贈与を実現していくのは自分の中でも楽しいものです。

本書でもありますが贈与というのは資本主義におけるスキマを埋める極めて人間的でかつ豊かなものです。なんでもかんでも経済的な利益を求めて交換にこだわっていたら社会はあまりにも息苦しいものになります。

これからの時代には贈与がひとつのキーワードになる気がします。誰しも歴史をつうじて何かを受け取っています。なにものを残念がるのではなく受け取ったものをみつけだす。それがたぶん豊かな暮らしではないでしょうか。