社労士の先生には「証拠」を意識した指導を実現してもらいたいわけです

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2021.05.19 社労士の方へ

不幸にも労働事件が裁判になると「証拠」が決定的な意味を持ってきます。ただでさえ労働事件は,労働法制のもとで会社が不利な立場にあります。そのうえ証拠の量と質においても会社が不利なケースが圧倒的に多いわけです。なぜこういう事態に陥ってしまうのか。それに対して顧問の社労士の先生方としていかにアプローチするべきかについて整理しておきます。知ると知らぬでは圧倒的に内容に差異がでてきますから。

労働事件は経営者にとっては不意打ちのようのなもの

そもそも論ではありますが労働事件は,たいはんの経営者にとって不意打ちのようなものです。「まさかこんなことに」というのは経営者の口からよくでてくるひと言です。どんなところにも「まさか」という坂はあるものです。不満というのは,最初は周囲からは見えないものです。労働者の経営者に対する不満というのは,「ある」か「ない」という短絡的なものではありません。一般には日頃のちょっとした不満の集積があって労働事件というカタチで表出してくるものです。労働事件の少ない経営者は,日頃の声かけなどで「ちょっとした不満」をうまく処理しています。また先生方の「ちょっとしたアドバイス」にしても耳を貸すものです。

労働者としては,不満に耐えることができなくなりどこかの段階で「会社に対して請求をしよう」と決意をします。そういった決意をしていきなり会社に具体的に請求をしてくるということはありません。事前に弁護士や労基署に相談することが一般的でしょう。そこでは「これでは請求で負ける。証拠を確保しておいてください」ということになります。例えば残業代請求であれば,就業規則やタイムカードのコピーが用意されます。タイムカードの打刻が実際の労働時間に整合していないのであれば,帰社時の時計をスマホで撮影するなどのアドバイスを受けることになるかもしれません。いずれにしてもこういった証拠の確保は秘密裏に実行されるので経営者としてはまったく気がつかないというわけです。

実際に弁護士などから請求がなされた場合には,たいてい証拠については可能な限りで確保されているものです。経営者としては,そこから会社にとって有利な証拠を探していくことになります。ですが圧倒的に時間が足りないわけです。そもそも「証拠と言えるものがない」というのが一般的です。経営者サイドの言い分としては,「指導を口頭でしてきたので証拠がないだけ」というものがあります。ですが証拠がないということは,法廷では事実として認定されないということになります。現実的には口頭での指導は,事後的な裁判ではないものとして扱われるリスクが高いということです。

先生方は問題社員に対する指導について「指導書をだしてください」と経営者に伝えるはずです。経営者からは,「わかりました」と回答があるものの実際には書面をださずいつまでも口頭でのフォローということが珍しくありません。ひとつには「書面の書き方がわからない」というものがあります。ですがこれは先生方が指導されれば,ある程度解決できるものです。本質的な問題は,「めんどくさい」というものです。目についた行動のひとつひとつに書面を作成するのは,それはそれでストレスです。ですから億劫になってしまい1枚だけ作成して終わりということになりがちです。経営者のなかには,社労士の先生方に指導書の作成を丸投げという方もいますが感心しません。これでは先生方がたんに作業の代行をするだけになってしまいます。こういった「時間を売る」というビジネスモデルは,自分の時間を切り売りするようなもので「智恵を提供する」という本来の士業の仕事とは考えられません。少なくとも私はそういうことはしたくない。それに先生方に任せると経営者としても「自分事」という認識が希薄化してしまいます。

職場の同僚の証言はあまり意味があるとは言えない

証拠の用意ができていない経営者は,「でも他の同僚が問題行為を証言する」と息巻くときがあります。おそらく一般の方からすれば,「証人」というのは証拠としての価値が高いものというイメージがあるのかもしれません。法廷ドラマでも証人尋問は見せ場といえるでしょうから,そういった偏ったイメージができるのでしょう。でも現実には証人尋問で事件が大きく動くということはあまりないです。そもそもひとの記憶というのは曖昧なものであってあまり根拠になるものではないです。だからこそ契約書といった確実な証拠が世の中では重宝されるわけです。しかも経営者が用意した職場の上司や同僚は,「当然会社に有利な証言をするでしょ」というバイアスがかかりますからなおさら証拠としての価値には疑問がでてきます。いずれにしても証人に対して過剰な期待を抱くのはやめたほうがいいです。

だからこそ「確固たる証拠」をいかに事前に用意することができるかが勝負を決めることになります。業務指導書をだすのが手間であれば,メールやLINEといったものでも証拠になります。「いつ,だれが,何を伝えたのか」をはっきりさせておくということです。それが事後的に検証されることが労働事件を有利に展開するうえで必要になります。仮に口頭でのやりとりであれば,相手の了承をもらって録音しておくこともひとつの手法です。秘密録音をするのではなくあえて「お互いの言い分を整理するために議事録代わりに録音させてください。必要であれば写しを差し上げます」といって話を始めると双方ともに冷静に話ができるでしょう。なにより証拠になります。こういった事前の準備こそが問題解決にとっては不可欠になります。

*本ブログは社労士の方向けのメールマガジンをリライトしたものです。