社長法務3部作完結!最後は覚悟を求める事業承継だ

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2021.04.01 経営者の方々へ

このたびプレジデント社から自著3冊目となる「社長,その事業承継のプランでは,会社がつぶれます」が4月26日に出版されることになりました。労働問題,クレーマー対応に続く社長法務3部作にわたる完結編です。いわば僕の社長法務に関する知見の集大成となる一冊となっています。昨年後半はまさにこの一冊のために忙殺されました。法務から財務そして心理学まで「これまで学び経験したこと」を凝縮したものになります。事業承継に関する本はあまたあるなかでなぜあえて出版することにしたのか。本書の特徴も含めて解説させていただきます。

企業の繁栄は事業承継の成否,もっといえば後継者の手腕ひとつ

100社超える企業の事業承継を目にした者として断言できることがただひとつあります。それは企業の繁栄は後継者の経営手腕ひとつによって決まるということです。「そんなことあたりまえだろ」と言われそうですが,経営手腕についてまっこうから取り組んでいる企業があまりにも少ない。どうしても「いかに資産を効率的に相続させるか」ということばかりに意識が向きがちです。ですがどれほど立派な資産でも後継者に経営手腕がなければ先代が亡くなったと同時に企業の衰退が始まってしまいます。

これは本でも書いているのですが後継者の手腕ひとつで10年後,20年後の企業の繁栄って決まるのです。「これまで良かったからこのままで良い」ということはないです。これほど環境が急激に変化しているわけですから過去の延長線上に自社を位置付けても希望的観測というだけで終わってしまいます。むしろ「変わらなければならない」と頭で理解しつつも変わることができずにもがいている人が多いわけです。だからこそ事業承継は自社を成長させるための大きなきっかけになるわけです。それを伝えたくて完結編として本書を位置付けています。もっと言ってしまえば経営者のあらゆる経験は事業承継に向けて収斂されていくのです。

事業承継は総合芸術としての映画に類似しているところがあります。ひとつの映画ができるためには,シナリオ,台詞,演技,映像そして音楽といったさまざまな要素について検討していかなければなりません。全体としてのバランスが取れてこそ感動する作品というものができあがってきます。これは事業承継においてもまったく同じです。たんに財務的な側面から事業承継をとらえてもなかなかうまくいきません。税金対策ばかり思案して経営権の争奪戦になったら支離滅裂です。でもそれをやってしまうわけです。「うちに限って大丈夫」という安易な期待みたいなものが自社を倒壊させてしまうことがあるわけです。

本書の目的は極めてシンプルです。「企業がいかにして将来の繁栄を手に入れるか」につきます。そのための後継者の手腕の磨き方から先代としてなすべきことまでの概要をまとめたものです。映画で言えば,シナリオを書くための素案のようなものだと考えてください。各社の事業承継は,あくまでオリジナルなシナリオでなければなりません。いくら外部の専門家が「こうするべきです」と語ったとしても決めるのは経営者です。自社のシナリオは,外にあるのではなく経営者の中にすでにあるものです。ただ自分の内面から取りだすことができずにもがいているケースが多々あります。そこで「社長の描きたい将来はこういうものではないですか」というガイドラインとしての本書があります。本書を読んでも細かいノウハウはあえて記載していません。細かい戦術なんてものは必要に応じて専門家に相談すればことたります。経営者に求められるのは,戦術ではなく戦略。だからこそ事業承継のコアとなるものに絞ってお伝えしています。事業承継の全体像を見ることではじめて個々の戦術の必要性も理解することができます。

リアルなものはグロテスク。だからこそ学ぶ価値がある

本書は「読んですっきりした」という類いのものではありません。むしろ「なんだかグロテスクなんですけど」という気持ちになるでしょう。それは本書のベースが経験に基づく実例だからです。つまるところリアルなものほどグロテスクなんです。なぜなら「こういうことってあるよな。自社は大丈夫だろうか」という共感あるいは不安を読者の内面から引き摺りだすことになるからです。不安というのは,自分の中に音もなく沈んでいるものです。できれば自分のなかにあるドロドロした暗いなにかを誰しも目にしたくないものです。「自分のなかにはこういうものがある」という事実を受け入れるのは言葉で書くよりもつらいものです。だからこそ人は自分の内面にときに目をつぶってしまい誰かと衝突するのです。

本書では通常の事業承継本では見かけないコンテンツも含まれています。例えば「離婚を契機に孫に会えなくなった先代の悲痛」「自社株を持ったまま認知症になった経営者の行く末」「兄弟間で経営権を争い結論がでなかった会社の末路」「自社株譲渡を拒否した場合の会社の負担」などです。どれも中小企業ではありがちな話ではありますがなかなか目にすることはありません。目にすることがないからこそいざ自分がトラブルに巻き込まれたときに後手に回ってしまい気がつけば「会社をやめることになった」ということになってしまいます。それではいったい何を目的とした事業承継なのかわかりません。だからこそグロテスクな事業承継のリアルを本書で学ぶ意味があるのです。経営は,ママゴトではありません。経営者は,家族と社員の暮らしを背負っています。経営者のちょっとした判断が将来の繁栄と衰退を決定づける場面を幾度となく目にしてきました。中途半端な情熱で企業経営に関与することは周囲の方を不幸にしてしまいます。ですから本書は経営者に覚悟を求める一冊と言えるでしょう。

事業承継がグロテスクなのは,そこに人間の心理があるからです。たんに決算書類の処理だけで事業承継が実現するのであれば誰も苦労しません。事業承継には,先代,後継者をはじめとした関係者が複数存在します。それぞれの立場によって見える世界はまったく違います。先代からすれば「いつまでも経営に関与したい」と考えるかもしれません。いっぽう後継者からすれば「いいかげん椅子を渡してほしい」と願うでしょう。人間心理をことの是非でとらえてもまったく意味がありません。「正しい」「間違っている」というレベルのものではないのです。それなのに一方的に「事業承継はかくあるべし」と語られれば誰しもいい気持ちではないでしょう。むしろ相手に対する反発を強めるだけで終わってしまいがちです。そこで本書では,当事者の心理的な側面にも触れるように心がけました。弁護士は,それぞれの立場から見解を聞くものです。同じ事実でもまったく評価が違うということも珍しくありません。つくづく「ちょっとしたボタンの掛け違い」でせっかくの人間関係が崩れてしまうものだと感じます。だからこそ自分の正義を語る前に「相手にとってはどう感じるものか」に思いをはせるべきです。本書は,きっとあなたを「あなた」ではない立場から考えるきっかけを提供するはずです。

経営の情熱を信じている人にこそ届けたい

本書を届けたい方は,もちろん先代と後継者。いずれの立場から読んでも「相手の立場」から事実を捉えることができるのがひとつの特徴です。事業承継においては,先代と後継者のコミュニケーションが必要不可欠です。ここでいうコミュニケーションとは,言語化されたものに限らず言語化されていないものも含まれます。「背中を見て覚える」みたいなものです。脱線するのですが暗黙知を言語化することは簡単なことではありません。正確には言語化しにくいからこそ暗黙知のままになっているわけですから。経営手腕にしても言語化は想像しているよりも難しいものです。だから「後継者を育てる」というプロセスが後手に回ってしまい実際に代替わりすると混乱することがあります。本書は,事業承継の暗黙知を言語化したものです。先代と後継者の方にともに読んでいただければ相互理解が深まるものと考えています。

次に本書は,経営を支援する士業あるいはコンサルタントの方も読者として想定しています。これからの企業支援のなかではいかなる立場であっても事業承継を避けてとおることはできません。他士業の方々も事業承継について基本的なイメージを持っていただけるはずです。こういった基本的な知識でもあるとないとではサービスの提案レベルが圧倒的に違ってきます。これはとくに専門家と呼ばれる人の陥りやすいドグマみたいなものです。私たちは,この時代において専門性を高めることが必要であるという認識のうえで仕事をしているでしょう。多くの分野では専門性が深化しており自分の領域の知見でもついていくだけで忙しいという感じです。こういうときにやみくもに自分の領域だけの知見を求めるのはある意味でリスクです。というのもあまりに微細な部分にこだわってしまって経営という大きな視点を見失ってしまうからです。経営は,特定の分野だけの知見を追求すれば成立するというものではありません。広い視点でとらえなければ全体としてのバランスを失うことになります。しかもあえて専門外の知見を手にすることで自分の領域をさらに深めるきかっけにもなります。そのため本書では経営者と弁護士・税理士・社会保険労務士などとの関わりについてもページを割いております。一読していただければ「そういう関係性の持ち方もあるのか」と理解していただけるはずです。

事業承継は,経営者にとっての最大の事業でしょう。本書を手に取っていただき繁栄に向けた事業承継を目指してください。いかなる企業になるかはあなたの覚悟によって決まります。すべてはあなたの手のなかに。