競争のなかでしか生を感じることができない人々

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2020.08.03 経営者の方々へ

ある人が「コロナ生活のなかではとかくできないことばかり数えてしまう。だからこそできるものを数えたい」といっていたことが印象的だった。なるほどと思わずうなってしまった。たしかに気がつくとできないことばかりに考えてしまって,できることまでやっていない。思考停止ってこういう状況なのかもしれない。そんなわけで家にいてもできること。それは「時間があったら読んでみよう」と買っていた物をとりあえず読んでみること。そんなわけで読み終えたのがこちら。

スミス・マルクス・ケインズーーよみがえる危機の処方箋

いわゆる経済学の古典を俯瞰する内容。コロナで世界はどうなると不安だからこそ普遍的な経済理論を自分なりに知っておくことは重要だ。はっきりいって経済学の古典を手にしても日頃の弁護士業務のレベルが格段に上がることはない。それでも事象の見え方がまったく違ってくる。知性とは,ある事実を多面的にとらえることができることだと考えている。人はある事実を自分の視点だけで捉えているために他人とのコミュニケーションに失敗する。例えばある事実をデザイナーとの弁護士が同時に見るとまったく違う表現をするだろう。弁護士としての視点だけでは,決して見えない世界がある。あえて他の分野の視点から眺めるだけの器量を持つことで「こういう解釈もあるのか」と膝を打つ。そのひらめきが新たな問題解決のヒントにもなる。だかこそ僕はまったく違う分野の本を読む。

しかも専門書を読む。なんというか最近は「わかりやすさ」ばかりが注目されていてうんざりするのだ。それはわかりやすさは大事だろう。自分の書く文章にしてもいかにわかりやすいものにするかということばかり考えている。でも,正直なところ「わかりやすさ」には少々飽きてきた。というのもわかりやすさを求めすぎて何でもかんでも省略することが通例化してきたからだ。世界も人間も極めて複雑だ。複雑なものは複雑なものとしてとらえるなければならない。人間をシンプルに解釈するとたいてい誤解を生みだしてしまう。どんだけ観察しても隣に座っているすらわからないものだ。

本書は「気軽に読んでみてください」という類いのものではない。はじめて経済学の本を読む人でも読みやすいだろうがさりとて簡単な本ではない。根性入れて読まないと迷路にはまる。だがビジネスを考える視点を一段あげる一冊でもある。例えばアダム・スミスと言えば「神の見えざる手」が有名だが実際に利用されているのは一度しかない。スミスが言いたかったことは別のところにあったようだ。

本書が問うのは「資本主義とはなにか」ということだ。おそらく誰しもが知っていて誰もが説明しにくいもの。それが資本主義であろう。本書で行き過ぎた資本主義への警鐘を鳴らす。

本書においては後半において新自由主義について触れられている。新自由主義とは基本的には競争原理だ。僕は,この「競争」というものに対して不安を覚えることがよくある。もちろん競争を全面的に否定するものではない。競争があるからこそ文化の発達もあったといえる。ただ行き過ぎた競争は個人にとって強迫観念になってしまう。競争になれすぎてしまうとあらゆるものを勝負としてとらえるようになる。人間関係も自分にとってのパフォーマンスという観点から整理するようになってしまう。しまいには誰かと競わないと生きている実感を味わえなくなっている人すらいる。これはとても危険だろう。「勝ち続けなければと自分を見失う」ということになってしまう。そこに自分なんてあるのだろうか。常に他人との比較でしか自分の輪郭を描けないなんて。

本を読んで何かを考えるとは,そういった他人との比較から自分をはずためでもある。「自分は自分」と口で答えるのは簡単だが普通はできない。ついぞ他人のことが気になる。でも本を読みさまざまな思想と人生に触れれば冷静に自分との違いを知る。そういった違いを知ることが無益な競争から免れる手段のように感じる。