臆病と無謀の間に繁栄がある

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2019.09.11 経営者の方々へ

 リスクは,流動的で明確な輪郭を有していない。私たちは,輪郭のないものに対して過度の恐怖を抱いてしまう。それは輪郭がないために対象物が存在するのかしないのかわからないからだ。例えば幽霊も輪郭がないがゆえに恐怖の対象になる。輪郭のはっきりした幽霊というものも想像しにくいであろう。リスクについても「はっきりしないから」と過剰に反応してしまうとせっかくのチャンスを失ってしまうことになる。リスクを冷静に捉えて引き受けることができる限界を見定める必要がある。あらゆるリスクを避ければ臆病であり,あらゆるリスクを引き受ければ無謀である。臆病と無謀の間に自社の繁栄がある。チャンスを手に入れるためには,リスクについて分析していくことからはじめることになる。何かを分析するさいには,たんに対象を眺めていても分析にはならない。分析とは,対象を細分化して一定の視点で整理するもの。中小企業のリスク分析では,①発生可能性②回復可能性という視点から整理すると分かりやすいであろう。

 リスクと一概に言っても千差万別である。リスクが発生する可能性も内容によって違ってくる。例えば社長の死亡は最大のリスクであるが発生可能性は100%。いつ亡くなるかという問題だ。これに比較すれば工場が延焼する可能性は相対的に低いであろう。私たちは,リスクを「あるか」「ないか」とシンプルに捉えようとする傾向がある。リスクが発生する可能性まで検討することが少ない。「可能性などわかるはずがない。発生すれば100%の発生率だ」と息巻く社長もいる。当然のご意見である。将来のことなど誰にもわからないのであるから発生可能性について正確に予見することはできない。だから発生可能性には厳密な判断など不要であって社長の直感でこと足りる。発生可能性を検討するのは,リスクの区別をするためである。リスクと言っても事業資金についてのものもあれば労務に関するものもあり統一的に把握することが難しい。発生可能性というひとつの基軸を設定することでリスク対策の優先順位を組み立てることができる。「リスクを考える」ことと「この順番でリスクを考える」ことでは思考の深さにおいて圧倒的に違う。

 もうひとつの視点は,事後的な回復ができるかというものだ。リスクが現実化したときの損害は,損害賠償という具体的なものもあれば信用の喪失といった抽象的なものもある。こういった損害は,事後的に自力で回復できるものもあれば回復できないものもある。金銭的な損害であれば事後的に自力で回復することもできる。風評による信用喪失は,事後的に自力で回復することが容易ではない。最近ではネットの記載内容がいつまでも削除されず,対応に苦慮することがある。かつては「人の噂も七十五日」といわれていたがネットでは「人の噂はいつまでも」ということになりかねない。ネットの悪評は,採用おける自社の評価にも影響する。

 事後的な回復が容易ではないケースとしては,行政との関係も問題になる。事務所における相談で意外と多いのが行政とのやりとりについての相談。例えばある事業においてなかなか行政の許可がでないというものもあれば事後的に行政から問題点を指摘されたというものまである。社長は,「事業のために行政に強くでたい。さりとてこれからのこともあるから対立もしたくない」という板挟みになって相談に来所される。行政対応にアドバイスを提供する弁護士は少ないのかもしれない。行政の行為は,法律の根拠に基づいたものでなければならない。弁護士としては,ある行政の対応が法律に基づく適切なものであるかどうかを検討していくことになる。中小企業は,行政の対応いかんによって事業への著しい影響を受けることがある。例えば飲食店が具体的な根拠なく営業停止処分などを受ければ,信用を失って事業の継続すら難しくなる可能性もある。行政の行為が根拠なく企業の成長を制約する要因になってはならない。

 社長としては,①発生可能性②回復可能性という二つのベクトルで書くリスクを把握して対策の優先順位をつけていくことになる。中小企業では資源も限られている。場当たり的な投資ではリスク対策も効果が期待できない。これは社長として何を守り,何を手放すかを決定することに他ならない。この判断をするには自分と事業の全体を鳥瞰しなければならない。

 中小企業のリスク対策がうまくいかないのは,検討するべきリスクが多すぎて全体を把握しきれないからだ。リスクなど列挙し始めたら終わりはない。だからこそポイントになるリスクを拾いあげて体系的に捉えておくことが重要になってくる。問題はいかにして全体を把握するかだ。検討の軸足の設定である。ここでは,「人」と「時間」を基軸にした体系化を勧める。

 社長の発想の原点は,「人」である。「家族を幸せにしたい」「社員の暮らしを守りたい」「取引先からの信用を失いたくない」といった願望がある。「いくら儲けたい」「新しい事業を展開したい」というのは,あくまで目的を達成するための手段でしかない。そこで社長の願望と同じようにリスクについても人を中心に整理するとわかりやすい。社長の意識は,中心から周縁に向かって自分,家族,社員,取引先・消費者という順番にある。リスクについてもこの順番で検討していくと整理しやすい。このような人を基軸にした整理は,平面的なものだ。これに時間を加えることで立体的な体系になる。

何もせずとも時間は時間として経過していく。そしていつかは社長の死を迎える。時間軸で捉えた場合に浮き彫りになるリスクは事業承継だ。事業承継は,企業にとって最大のリスクのひとつ。後継者に経営手腕がなければいかに立派な会社もあっというまに「そういう会社もあったね」ということになる。時間はあらゆる人に平等に与えられる。時間は,平等だからこそわずかな差異が圧倒的な相違をうみだすことになる。

 人と時間を基軸にした体系を図にすると次のようになる。私は,これをリスク系統樹としてコンサルティングにおいて利用している。この図をイメージしながら各リスクの位置づけを見ていただけるとわかりやすい。見ていただければわかるように社長からはじまり波紋のように家族,社員そして取引先,消費者として広がっている。取引先と消費者は,BtoBの事業なのかBtoCの事業なのかによって異なってくる。もっともBtoBといえども最終的には消費者にいきつくため消費者とのリスクは常にある。とくに最近ではネットにおける風評というリスクがどこにでもある。こういった人の関係は,世代が変わればまた新たなものに変わっていく。

 ひとつのリスクは,独立したものではなく他のリスクの呼び水になる。例えば社長が病気で倒れれば,取引先の信用を失い事業承継もうまくいかない。家族にトラブルがあると事業も安定しない。社員との労働問題がネットで拡散して風評になることもある。

 社長には,まずもってリスク全体のイメージを持っていただきたい。