【新刊発売】医師が目の前の患者にただ向き合うために

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2021.05.13 医療機関の方へ

6月1日から新刊「院長、クレーマー&問題職員で悩んでいませんか? ~クリニックの対人トラブル対処法」(日本法令)が発売となります。タイトルにあるようにクリニックの院長を意識した対人トラブルを自分の経験をベースに整理したものです。「医療機関向けの本を執筆するのは意外」と感じられる方もいらっしゃるかもしれません。そこで本書を作成するに至った経緯と概要についてあらかじめお伝えしておきましょう。

医師が本当に抱えているのはひとの問題なんです

事務所では,これまで医療機関からもさまざまな相談をお受けしてきました。おそらく一般の方からは,医師と弁護士の関わりといえば医療過誤についての裁判がイメージしやすいかもしれません。たしかに医療過誤の相談もありますがあくまで複数の相談の一部でしかありません。なにより医療過誤の場合には,医師会あるいは保険会社の手配された弁護士が代理人として担当することが一般的でしょう。そのため事務所では,「医療過誤ではない」部分の相談を受けることが一般的です。「保険医の指導について」「クリニックの開業について」「医師の相続について」など寄せられる相談は多岐にわたります。ですが相談のなかで圧倒的多数を占めるのがひとの問題に関するものです。典型的なのが問題社員とクレーマーへの対応についてです。

  • ひとりの問題社員で職場に緊張感がただよっている
  • 社員がクリニックのお金に手をつけたことが発覚した
  • 院長に反抗的な態度ばかりとっている
  • 患者の家族がクレーマーになって執拗に面談や電話を要求してくる

問題社員はクリニックの内部のこと。クレーマーは,クリニックの外部のこと。一見すれば両者は別個独立のようなものですが実際には「ひとに関する問題」として共通点があります。これまでの経験からしてもふたつの問題は相互に影響し合う関係にあります。問題社員を抱えているクリニックはクレーマー対応に苦労します。クレーマー対応に適当な姿勢で臨むと社員のモチベーションが下がってしまいます。これまでの医師向けの本では,両者が別々に語られることが多かったです。両者は密接な関係にあるためいずれかの対策だけにフォーカスしてもなかなか効果が安定しません。せっかくのセミナーにしても「いい話をきいた」で終わってしまいがちです。「それではだめでしょ。効果がなければ」ということでふたつの問題の共通点を洗いだし統一的な解決の指針を目指したものが本書になります。

本書の目的は,極めてシンプルです。それは「医師が目の前の患者に集中すること」につきます。医師と話していると本来の医療とは離れたひとの問題で頭を抱えていることがあまりにも多いことがわかります。これは患者という立場から医療現場を眺めるだけではなかなか伝わらない医師の悩みといえるでしょう。医師が患者に集中するためには,ひとの問題をできるだけ早期に解決することが必要です。もっともひとの問題には,心理というとらえどころのない要素も多分に含まれています。ですから「こうすれば解決できる」という明確な方程式のようなものがなく医師としても見よう見まねで対応してしまいさらに問題を複雑化させてしまいます。本書は,そういった医師の悩みをベースに自分の経験から導きだした解決の指針を提示しています。

クリニックの経営に特化した視点で問題社員とクレーマーへの対応を考えています

本書は医師とくにクリニックの院長を対象にした問題点を整理しているところがひとつの特徴です。問題社員とクレーマーにしても医療機関ゆえの特徴というものがあります。まず共通するのは「世間体」というものを過度に意識するために本来なされるべき対応がなされず問題が肥大化してしまっているところがあります。「弁護士に相談したら話が大きくなのではないか」「明確に指摘したらスタッフの反発を受けるのではないか」「一斉に退職されたら他の患者にどういわれるか」「ネットに書かれたら困る」など自分で自分の行動を制限してしまいいっそう苦しむことになるというのが典型的なパターンです。「医師には,守るべき社会的地位というものがある」ということはよく理解しています。ですがあまりにも世間体ばかり意識し過ぎると相手の言われるがままに動くことになりかねません。大事なのは何より医師としての矜持を維持することでしょう。

医療機関における労務問題の特徴としては次のようなものがあります。

  • 人手不足から安易に採用したらまったく周囲と協調できないひとだった
  • 現場のスタッフが事務長である院長の配偶者に対して反発的な態度をとっている
  • スタッフ同士の軋轢が発展して派閥闘争のようになってしまった
  • 一部のスタッフに扇動されて複数が一斉に辞表を突きつけてきた

医療機関におけるクレーマー対応としては次のようなものがあります。

  • なんど説明してもまったく理解してもらえない
  • 執拗に面談などを求められるものの要求内容がはっきりしない
  • クレーマーと患者の線引きがわからない
  • 根拠のない主張を繰り返し家族が述べてくる

こういったケースに心当たりのある方は本書を手にとっていただければなにがしかの解決の指針をみいだすことができると考えます。

医師のみならず社会保険労務士の方にも読んでいただきたい

本書は第一に医師に向けられたものです。それも「きちんと患者に対峙したい」という真摯な態度の医師に対してです。ただし「医師のためだけ」に向けられたものでもありません。医療というのは,公共性を帯びたものであり社会全体で維持していかなければならないものです。新型コロナにおける医療現場の方々の私心を超えた真摯な姿には本当に感謝の言葉しかありません。同時にこういった大変な医療制度を医療従事者のみの負担で維持していくことは無理なことです。医療に直接関わらないひとも含めて社会全体としてあるべき医療制度を考え特定の人の犠牲のもとで医療が維持されることがないように配慮していかなければなりません。もっとも「医療制度を考える」といってもなにか難しいことからはじめようという趣旨ではありません。まずは本書を手に取っていただき「医師が抱える悩み」というものを知るだけでもまったく印象が違うはずです。ひとは誰かに悩みを共有してもらうだけでも支えになるはずです。とくに医師の場合には,その社会的役割から自分の抱える悩みを安易に他人に話すことができません。だからこそ一般の市民の方にも本書を読んでいただく意味があります。

市民のなかでも士業の方にはぜひ読んでいただきたいです。適切な医療経営を実現していくには,士業の支援がよりいっそう必要になってきます。とくに作業についてはこれからAIなどによって取って代わられるでしょう。ですから求められるのは作業の隙間を埋めていく知性です。それぞれの専門的知見を有機的に結合させることで抜本的な問題の解決を図るというのが事務所の大きな方針です。とくに社会保険労務士の方は,医療機関の労務環境を整備していくうえでも参考にしていただきたいと考えています。多くの院長が労務問題で潜在的な課題を抱いています。「なんとか採用したらトラブルを引き起こされて困っている」という話は頻繁に耳にすることです。社会保険労務士の方が中心になって労使ともに安心できる職場作りを本書を参考に実現していただければと考えています。

ぜひ本書を片手に御自分の理想の医療に向けて邁進されてください。また感想も教えていただければ幸いです。