院長に求められる戦略と戦術。それって同じになっていませんか

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2021.08.19 (更新日:2021.08.27) 医療機関の方へ

経営者は,戦略とか戦術とかいった言葉が大好きです。どうしても商売は,競合他社との戦いという側面があるために戦略といった戦争ベースの理論に引っ張られてしまうのでしょう。僕もアドバイスのレベルをあげるために戦略論について学んできました。戦略というのは,企業にとって進むべき方向性のようなものです。戦略があるからこそ社員としても自社の向かうべき方向を見いだすことができます。たいてい事業がうまくいっていないところは闇雲に疾走することばかりに意識を向けてしまい「どの方向に向かっているのか」すら認識していないものです。

医療機関の相談を受けるなかで感じるのは,医師のなかで経営に対して明確な戦略あるいは戦術というものを設定している人があまりいらっしゃらないということです。たしかに医療機関は,一般企業と異なり公的な要素も強く営利性が否定されているためやむを得ないところがあります。とはいうものの「競争するような存在ではあってはならない」というのは頭ではわかるもののやはりうまくいっている病院と悩んでいる病院があるのもまた現実です。経営不振の医療機関には,やはり戦略がないところが圧倒的に多い印象です。とくに歴史のあるところはなにもしなくてもある程度の売上を確保できるためあえて戦略論を考える必要もないのかもしれません。こういった邁進が時間をかけて経営を圧迫することになるわけですが。

僕は,医療というのは社会共通資本としての要素をもっているため純粋な市場原理に任せるべきではないと考えています。国民皆保険制度については,批判的な声もありますがやはり「いつでも費用を気にせず受診できる」というのは世界に誇るべき制度です。ですがいくら市場原理に依存するべきではないといえども利益を生みださなければ制度として破綻するでしょう。高い公共性を維持しつつ利益を確保することを余儀なくされるために医療経営は難しいわけです。医療経営の難しさをもう少し詳しく見ると売上の特殊性にあります。

医療機関の売上は,基本的に患者単価×患者数というシンプルな計算式になります。患者単価は,保険制度で自由に設定することができません。しかも医療費の増大が社会問題になっているために保険を利用してバシバシ単価をあげるということも社会的風潮として認められるわけがありません。また患者数についても広告規制もあって積極的に獲得するということもできません。患者を集めることに盲目的になると患者を記号としてとらえていかに効率的に集めるかということばかりにフォーカスすることになりかねません。でもそれは医師としての矜持に触れて違和感があるところでしょう。

このように医療経営というのは「医療を提供すればいい」という単純なものではありません。だからこそ戦略とか戦術というものを医師も設定するべきです。これは医療機関における労働問題においても共通するところがあります。医療機関とスタッフが対立するときは,その前提となる兆候といったものが必ずあるものです。具体的な問題になっているわけではないか少し気になっている。そういった類いのものです。こういったものにたいして医師はとかく見て見ぬふりをしてしまいがちです。手を伸ばしてかえって問題が複雑になるかもしれないと危惧するからです。でもこれは最悪の一手です。逆に言えばこの段階で方針を固めて対応しておけば問題を回避できたケースがいくつもあります。

「どうすれば社員とうまくコミュニケーションできるか」「社員の褒め方」といったものは,あくまで細かい戦術論であって問題解決の戦略ではありません。いくら小手先の技術を積み上げたところで具体的な効果にはつながりません。医師のなかには,戦術を学んで解決するための手法を手に入れたと満足された方も目にします。これは戦略と戦術を同一していてかえって危険です。「このクリニックのスタッフをどういうメンバーで構成したのか。そのために生じたトラブルにはどうやって解決するのか」という大きな戦略をまずは決定するべきです。そこが決まらないといくら弁護士に相談しても「参考になる話」というだけで終わってしまうものです。