「絶対」という言葉を多用する人にはご注意を

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2020.01.26 その他

弁護士の特徴のひとつは,なんといってもいろんな人に会えることです。経営者から犯罪を犯してしまった人まで。この社会が無数の人のつながりで成り立っていることを肌感覚で学ぶことができます。

こういった様々な人に会うことは,人間の持つ危機に対する感性を磨くうえで必要不可欠です。「なんだかこの人と関わるとまずいな」という感覚って誰しも共有しているはずです。危機に対する感性は,共同体の中で自分の立場を固めるうえでとても大事です。共同体の中では,その場での判断が求められます。とくに危機的な状況では,じっくり考える余裕もない。そういったときに最後に自分を守ってくれるのは「この自分の感性」しかありません。

危機に対する感性が十分に機能しないと誰かにだまされやすくなります。人はとかく「自分にとって利益になるか」という判断基準で動くことが多いです。ですから誰からか「こういう利益がありますよ」とにんまり言われると物事を自分にとって都合のいいように解釈して「OKです」ということになってしまいがちです。なんだか危機に対する感性の劣化がずいぶん進んでいるように感じます。

こういった感性は,やはり人に現実に会うということでしかブラッシュアップできないものです。いくらネットや本で情報を得たとしても知識としてはわかっても肌感覚では共有できないのです。「この人は怪しい」という感性は,その対象となる人のあらゆる情報を総合して形成されるものです。たんに顔立ちやしゃべり方だけでわかるものではないでしょう。ネットや本にある情報は,言葉にならないものについて省かれています。実際に会うことではじめて「言葉にならない部分」についても知ることができます。こういったノンバーバルの情報の集積こそ経験値を高めていきます。

ネットや本だけでの知識に頼ることのリスクは,すべての事情をシンプルにとられてしまうことです。ですが人間は複雑な存在であっていくつかの特徴だけで成り立っているものではありません。いくつだけの特徴をもって人物を語ることはときに誤解の原因になるので慎むべきことでしょう。

こうやって僕も自分なりに感性のブラッシュアップをしています。そのなかで「こういう人につきあうと痛い目にあう」という感覚をもっています。

典型的なのは「絶対」という言葉を安易に多用する人です。「絶対に大丈夫」とか「絶対に勝てる」といった言葉の類いです。冷静に取られて世の中に絶対的なものなど科学法則でもなければないでしょう。とくに人なんて日々変わっていくわけですから人間関係において絶対的なものなどあるはずがありません。絶対的であれば法律なんて不要でしょう。それにも関わらず「絶対」と口にする人は,世界を正確に見ておらず自分の世界観でしか認識しています。

「絶対」という言葉を利用する人は少なくありません。ものすごく前のめりにビジネスの話などをするのですがちょっと予定していてない質問をすると気分を害します。自分の世界観に対して反論をされたようで不満を抱くのでしょう。なにかリスクを指摘しても「そんなことはない」と論拠も曖昧なまま反論されてしまい議論になりません。この人にとって「ある事実が絶対」なのではなく「自分の考えが絶対」というだけです。自分の思考と客観的な思考が同じフィールドで展開されているからごちゃごちゃします。しかも物事がうまくいかないと猛烈な勢いで責任を自分ではない誰かのせいにします。自分の描いた世界は完璧なものであって不都合があれば第三者が邪魔したからというロジックにしがちです。

こういう人は一見すると自信に満ち満ちています。ですから周囲の人も安易に「こんなに断言できるのはすごい」と引っ張られてしまいがちです。周囲の人が注目すればするほど本人は自分に対する自信を深めかつ荒唐無稽な話をさも事実のように展開するようになります。

「絶対」というのは強い言葉であって反論を拒否する言葉です。こういう強い言葉はときに人々の冷静な判断をまどわします。「強い言葉」を耳にしたときに「これってちょっとおかしくないか」という感性こそ磨いていかないといけませんね。