【書評】「21世紀の啓蒙」:世界は僕らの想像と違ってずっとよくなっている

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2020.01.23 その他

僕らは、目の前の事実について認識しているときっと感じている。でも実際に誤解していることが多いものだ。労働事件にしてもちょっとした事実の認識の相違が原因になっていることがめずらしくない。

事実を事実として正確に把握することは想像できるほど簡単なことではない。ある刑事事件で先輩が「虚心坦懐」ということをなんども強調していた。予断を抱かず平静に物事を見ることという趣旨だ。こういう言葉が強調されるように「ありのまま」に現実をみることは難しい。

僕らは,事実を認識する段階で自分なりの「評価」を記憶した事実に組み込んでしまう。自分の頭の中にある事実について自分なりの評価が含まれていると自覚できればまだいい。往々にして事実と評価がいったいとして自分のイメージしたものが真実になってしまう。しかもなんとなく目にした断片的な事実から「事実はこうである」と自分にとってわかりやすいストーリーを展開していく。

例えば高齢者による交通事故が増えているという報道を耳にすることが増えてきた。耳にすることは増えてきたものの具体的な根拠まで踏み込んで把握している人は多くはないだろう。報道で繰り返されていたので「そうなんだろう」という安易にとらえてしまいがちだ。

実際には交通事故の総数は減少傾向にある。そのなかで高齢者の占める割合は増えているようだが絶対数としては減少傾向にあるという事実を離れて検討するべきではない。

こういった「データを基本に冷静に認識しよう」というのは最近の思想の潮流だ。ひとつの起点になったのは、ベストセラー「ファクトフルネス」だろう。根本にあるのは「世界は想像と違っていい方向に向かっている」ということでデータを基本に展開したものだ。多くのビジネスマンが「読むべき一冊」としてあげている。僕も昨年読んでみた。自分が感覚的に世界を把握しているのかについてよくわかった。

今月読んだ「21世紀の啓蒙」も同じようにデータを拾い上げていきながら人間の理性による世界がいかに良くなくっているかを提示するものだ。世界を感情や感覚といったものではなく理性的に捉えるというのは世界をよりよいものにするうえで不可欠のことであることを教えてくれる。「ファクトフルネス」を面白いと感じた人はきっと本書でも知的好奇心をくすぐられるはずだ。

本のなかでも指摘されているが現代ではある事象について問題点を指摘して暗澹たる将来を語る人がなぜが知的とみなされる傾向がある。「世界は良い方向に向かっている」と語る人よりも「世界は危機にあってこのままではまずい」と語る人が知性的というわけだ。こういった傾向は現実の把握を歪めることになる。

それにしてもすごい本だ。なにがすごいって社会のあらゆる問題について「事実ベース」でとらえていることだ。しかも一見すれば難解な内容も平易な言葉とロジックで展開している。「天才ってこういう方なんだろうな」と読むたびに感じることだ。

たとえば社会の格差というのが最近の世界の大きなテーマになっている。僕らは、資本主義が機能不全に陥りはじめ格差が日々拡大しているように感じている。だが長期的なスパンで見れば世界全体で教育を受けることができるようになった人が増えて格差は是正の方向に向かっている。

他にも労働時間についても過去に比較すればかなり短くなっている。(もちろん長時間労働をよしとする趣旨ではない)

暴力しても歴史的にみて相当数減少している。

本書においていっかんしているのは「みんなの予想に反して世界はどんどん良い方向に向かっている。感覚的に世界を眺めて冷静な判断ができなくなるような状況は避けよう」という姿勢だ。読了間はすこぶるすがすがしい。