【本ができるまで】「よっしゃ,これでできた」という解放感にひたるまで

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2019.10.22 その他

文章ができあがると最終的な校閲にかかります。校閲とは,文章の誤字や間違いをプロの目で確認するプロセスです。これまでのプロセスでなんども編集者も含めて内容を読んでいます。正直なところ「それほど修正もないだろ」と考えているわけです。

でもそういった自信は木っ端みじんになります。ペーパーが赤ペンで染まります。「なんでこんなことに」と自分で自分を確実に責めることになります。たぶん大人の自暴自棄ってこういう状況なんでしょうね。

どうでもいいですけど自暴自棄になると本当にどうでもいい物を買ってしまう衝動にかられます。意味もなくかわいい付箋を購入してみたり。購入するときのよくわからない高揚感と購入したあとのどうしようも絶望感。このギャップに苦笑いするしかない。「いいんだよ」と自分で自分を慰めるやさしさが必要です。

でもプロの人が校閲するとやはりすごいですよ。これは本当にそう思う。だって作った本人が気に留めないところに気がつくわけです。

〇 違う言葉を利用している
〇 常用漢字ではない
〇 表現として不自然

こういうところをばっさり指摘されます。誤字だけのチェックなら「さもありなん」と言えるのですが内容と表現の整合性が取れないなどは「なるほど」とうなってしまいます。こういった指摘を前提にしてさらに文章をブラッシュアップしていくことになります。僕の場合には,基本的に指摘箇所は全部やり直すようにしています。そうでないと安心できない。

こうなってくると「これで完成でいいのだろうか」という無間地獄の始まりになります。「これでOKです」とメールをするだけで自分の手からすべて離れてしまいます。あとは見本が来るのを待つだけと。だからこそたった1通のメールがあまりにも重い。「あそこは表現大丈夫だろうか」「わかりにくくないか」など自分で自分を疑う時間になります。「完璧を求めていたら進めまない」と頭でわかっていてもいつまでも考えまくります。脳から汗がでるという状況です。

そしてどこかで自分のなか腹が決まれば「よし。これでいこう」ということでメールを送ります。クリックひとつでじわじわやってくる「よっしゃ,これでできた」という解放感は表現できるものではありません。おそらくこの一瞬の解放感あるいは達成感を味わうためにがんばっているかもしれません。

そんなこんなで見本が手元に届いてきます。実物を見てはじめて本を執筆したという実感がやってきます。同時に「売れるのだろうか」という不安に襲われます。このブログを書いているときには発売前で襲われています。