たいていつきあうと仕事のパフォーマンスが下がってしまう3人(=適切な距離が大事)

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2020.01.08 その他

なんだかんだで令和2年の仕事がぼちぼちはじまりました。「今年はゆっくり仕事がしたいな」といつも年始には心から願い裏切られるのですが今年はどうなることやら。さて仕事をしていると他人のパフォーマンスを容赦なく引っ張る人がいます。しかもあたりまえですが引っ張っている自覚もない。というわけで僕が「こういう人はきつい」という方をご案内。

すべての時間は自分中心でまわっていると誤解している人

まじめにビジネスしている人なら「そうだよね」と共感するでしょうが能力に関係なく時間にルーズな人っています。しかも時間にルーズな人は,たいていいつも遅刻してしまいかつ遅刻したことを詫びることもない。笑

例えば会議とかでも遅刻して参加して会釈ひとつで平然としている人もいるわけですよ。「なかなかの精神力だ」と思わずうなってしまいます。僕とかなら耐えられずに「本当に申し訳ない」と多分言うでしょう。

たぶんこういった人って「他人の時間を奪っている」という認識がないのです。「僕が来ないと始まらないでしょ。とくに問題ないよね」とどこかで感じているのでしょう。実際のところ「いなくても」というケースもよくあるのですが。。僕は,はっきりいって他人に無償で提供できる時間を持っていません。自分で小さな事務所を維持しながら裁判のみならず公的な役割もしないといけない。自分の身をそぎながらなんとか暮らしているわけです。みなさんもたいてい同じでしょう。それを容赦なく時間を奪うのはいかがなものかと。

もちろん僕だって遅刻をすることはあります。そういうときは可能な限り事前に連絡をするしお詫びもしています。そういったあたりまえのことができない人は一緒に仕事をするうえでもなかなかつらい。期限のある仕事なので無駄に遅れるとクライアントにも迷惑をかけしまいます。

ある会合であまりにもひどいので「すみません。僕はなけなしの時間を確保してここに来ているわけです。これについていかがお考えでしょう」と淡々と説明を求めたことがあります。もちろん会場は2秒で氷河期に入りましたが。苦笑

ひたすら顔の広さをアピールしてくる人

「実は〇〇さんと知り合いなんです」ということをひたすら口にする人もいます。芋づる式に「あの人も」「この人も」とでてきます。最初に3人くらいは「すごいですね」と話を合わせることができますがさらに続くと「いい加減にしてよ」と言いたくなります。

顔の広さを強烈にアピールする人って実務的な能力には?という場合が少なくありません。「おいおいあれだけ名前を挙げてこれですか」という悲惨な結末になることも経験したことがあります。それ以来でしょうが無用に知り合いを列挙する人の話は話半分で聞くようにしました。

誰だって仕事で成功するために人脈を持ちたいと思うでしょう。でも人脈って自分でひっそり持っておけばいいのであって,人脈をパンフレットみたいにしてひけらかすのはあまり品性を感じさせることではないです。

僕は,人間が好きですしいろんな人と会ってみたいなといつも考えています。でも「僕は〇〇さんと知り合いなんですよ」と自慢のネタにはしたくないですね。それって人を記号のようにとらえていて失礼な感じがするのです。僕は,人に恵まれていて素晴らしい人とSNSなどとつながっています。こういう人脈は,ひっそりじっくり育てていくものであるべきでしょう。

実際読者の方の周囲にもいませんかひたすら知人との交流を見せてくる人。そういう人に会ったときに「どうなんだろう」と感じるのは正常な精神です。だってそこには「相手」がいないのです。人脈をひけらかす人っておそらく自分に自信がないから他人との交流でしか自分を表現できないのです。「自分」という形がないから話が空虚なんです。

ある食事会で僕を弁護士と知らない初対面の人から「実は〇〇さんと知り合いなんです」とこんこんと話を聞いたことがあります。僕は,その人友達なんですけど言い出す暇もないくらいに話されて。「なんだこの空虚さは」とつくづく感じました。帰りの電車で〇〇さん「あなたのことの知り合いと会ったよ」とメールしたら『誰それ』と。そんなもんでしょうね。

過去の成功体験のなかから抜けだせない人

人は,なにか物事がうまくいくと「それは自分の実力あってこそ」ととらえる傾向があります。しかもいちど成功を体験してしまえば,「こうすればうまくいく」と自分の経験を一般化してしまい周囲の環境が見えなくなってしまいます。

そもそも過去の成功体験をずっと耳にするのは,聞く側として飽きてしまいます。それは自慢話の延長のようなものでしかありません。「そうですか。なるほど」と太鼓持ちするのも生活の潤滑油でしょうがずっと鳴らし続けていると腕がつります。

過去の成功体験を目を輝かして語る人は,たいてい現在の自分に対してなにがしかの不満を持っています。「なぜうまくいった自分がこんな状況なのだ」という不満が視線を過去のある瞬間に向かわせます。「あの頃はよかったね」というのは,「現在は不満だね」というのと同義です。

過去に成功した人が現在にうまく自分をあわせることができないのは,まさに「成功した」という体験があるからです。「こうしたらうまくいった。だから今もすれば大丈夫」という発想があるからこそ過去の体験を再現しようと固執します。ですが過去と現在は環境がまったく違いますから過去の事例と同じことをしてもうまくいくはずがありません。変化する環境のなかで成功体験が本人の変化を阻害しているのです。ある意味では過去にとらわれているのかもしれません。

こういう人は,「なぜわからない。こうすればうまくいくのに」と語りたがる傾向があります。もちろん参考になることも多いでしょうがもはや時代錯誤的なアドバイスも少なくありません。なまじ自信があるために根拠なく「これが正しい」と周囲にゴリ押してきます。言われた人は,立場上なかなか反論もできずにうんざりしてきます。自分に陶酔している人ほど「かくあるべし」という価値観を周囲に押し付けがちです。こういう態度は,周囲からの求心力をいっきに低下させます。

距離置いて適当に関係をもっておくしかない

こういう人々とどのようにつきあっていくべきか。大人であるためまったく関わらないというのはできません。同じ仕事場にいるかもしれません。無理に関係を持つまいとするとかえって相手に悟られてめんどくさいことになります。

微笑みながら適当に距離を置く。それが現実的な大人の対応ではないでしょうか。ポイントは,距離を置くにしても微笑みを忘れない。人間微笑んでいたらそれほど悪い印象を与えませんから。