不器用でまじめな人は短期的には損がでるけど長期的にはかなりのリターンになっている

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2020.01.06 その他

今朝の関門海峡はあまりにも幻想的でした。赤みを帯びた雲が空に広がると夜のとばりが消えていく感じで。空っていくら眺めても飽きないから不思議です。疲れたときにふと空を眺めるときってありますよね。僕らはどうしてメンタル的に疲れてしまうのでしょう。

疲れてしまうことは決して悪いことではないでしょう

「なぜ疲れるのか」というのはなかなか難しい問題です。ここでいう疲れとは,精神的な疲れと考えてください。いろんな理由はあるでしょう。僕としては,「あなたがまじめに生きていること」の証だと思います。

なにをもってまじめというかは,人によって微妙に違うでしょう。ですが僕は,なにより「他者のことを思いやる人」がまじめな人だと考えています。「これすると気分害するかも。仕方ないやっておこう」「こんなこといったら悪いだろうな。ここは我慢しよう」みたいな感じで。とりあえず周囲の人に迷惑かけたくないから自分が犠牲になってしまう。そういう気苦労ってひとつひとつはちょっとしたストレスでも蓄積されちゃいます。結果として「もうつらい」ということで自分を責めてしまいがちです。

もう自分を責めるのはやめてしまいましょう。無限ループみたいなものですし。

そもそも誰かを思いやることって評価されるべきことです。僕にはないやさしさです。やさしい人ってなぜか自己犠牲的になって疲労困憊になりがちです。むしろ「疲れを知らない」という人は,ときに自己中心的なだけの場合もありますから要注意です。たいていの人はいろいろ疲れるのがあたりまえです。

「疲れた自分はなさけない」なんて絶対に思わないことです。少なくとも僕は「疲れない知らない無敵です」みたいな人とはつきあえない。どれほどの人を犠牲にしてきたのと思わず聞いてしまうかもしれないし。

大人として必要なことは,「疲れたな。ちょっと休もう」というあたりまえの感覚を実行することです。まじめな人ほど「休む」ことができなくなります。休むことで誰かに迷惑をかけたりあるいはなんだか悪いことのように誤解してなけなしのエネルギーを使ってしまう。休むことにもエネルギーが必要なわけで自分をすり減らす前に休みましょう。大丈夫だと認識しましょう。人生で必要なことは,疲労をしらない精神ではなく疲労とうまくやっていく精神。

これからの時代は個人の信用が価値になっていくからまじめな人はリターンを得る

まじめな人ってたいてい誰かに言いように利用されてしまいがちです。利用されていることを認識しながらも対応してあげてしまいます。「自分はなんて愚かなんだ」と感じつつも目の前の人頼まれるとなかなか断れない人っていますよね。

不器用でまじめな人は,誰かに利用されるばかりなので短期的には損をだすことが多い印象があります。「なんで底まで尽くすかね」と思わず突っ込みたくなる人も身近にいます。僕は,そういう人が大好きなんですけどね。

でも僕は,これからの時代はこういったまじめな人ってかなりのリターンを得るのではないかなと勝手に推測しています。

AIなどの発展によって「何かをする」というプロセスはものすごく簡略化されて人間ではない「なにか」によって代替されるわけです。よくいわれるように既存の仕事の多くはなくなるかもしれない。

いろんな仕事はなくなるかもしれないけど「誰かへの信用」というものはなくならないでしょう。むしろ自分の根源に関わることについは,機械ではなく「この人に担当してもらいたい」と願うのが普通でしょう。例えば自分が年齢を重ねて孤独になったときにずっと機械とはなして時間を過ごしたいかと質問されればNOでしょう。対話はやはり人間としたい。それは対話を通じて人は,「自分とは何か」を知るからです。

だからこそまじめな人の信用ってものすごく希少価値になるように感じます。100年後も「この人いいな」という感性はおそらく持ち続けているでしょう。それは大事なこと。

というわけでまじめでなんだか疲れている人がいてもがんばっていこう。