営業電話にはうんざりする。あと弁護士のこれから

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2020.10.22 その他

今回のブログは完全な愚痴。このところ法律事務所に営業の電話があまりにも多すぎる。お断りすると「弁護士に変われ。事務員に聞いていない」みたいな横柄な態度の人もいる。そういう態度でいったい誰が依頼すると思っているのだろうか。電話が鳴るたびにスタッフの手が止まってパフォーマンスが下がってしまう。見ているだけでかわいそうだ。営業する側としては数字を追わないといけないから必死なのはわかる。でもこの時代に手当たりしだいに電話することにいったいどれほどの意味があるのだろう。いまだに根性論で営業ができると思っているのだろうか。それなら生産性も働き方改革もあったものではない。

それにしてもいったいいつからこんなに弁護士向けの営業案内がされるようになったのだろう。少なくとも10年前は電話で案内なんてこなかった。おそらく一般の人には弁護士向けの営業案内といわれてもピンとこないだろう。例えば「集客のためにホームページを作成しましょう」などが典型的だ。営業というよりも広告か。こういった商売が成立するのは,もちろんニーズがあるからだ。根底には弁護士の過当競争がある。ご存じのように弁護士数はものすごく増えた。そうなると事件をいかに確保するかが大事になってくる。

でも僕は,「事件を集める」という発想が嫌いだし間違っていると考えている。普段の暮らしのなかでは,事件なんてない方がいいに決まっている。それでも不本意ながら事件に巻き込まれる人もいる。そういう人のために裁判などのシステムがあるべきだ。これまでの弁護士のビジネスモデルは,『事件ありき」という性格が強かった。僕としては,こういったモデルは時代にあっておらず修正されるべきと考えている。事件がなくても「弁護士に聞いてみよう」というのが本来あるべき姿だと確信している。そのためのモデルを模索し悶え未だ正解には至っていない。至っていないものの方向性としてはブレていない。

営業のノウハウを構築するのは,おそらく効率的に収益を上げるためには必要であろう。でも弁護士の仕事は,本来的に効率性とはそぐわない性質のものだ。そこに何かで悩んで座り込んでいる人がいる。そういう人に「こうすれば効率的ですよ」といくら説明してもおそらく心がついてこない。まずは「どうした」という声かけから始めるべきでしょう。少なくとも僕はそう考えている。

僕らは,盲目的に効率性=正しいことだと錯覚している。違う。効率性には正しいとか間違っているとかの要素はない。効率性を望むばかりになにか失ってしまうこともある。効率性の名の下に歯車に巻き込まれてしまうと自分が何を失ったのかすらわからなくなってしまう。それはあまりにも怖いことだし社会全体の劣化になるような気がする。社会全体がうまく機能するには,あえて非効率な部分いわば余白のようなものが必要不可欠だ。そこがあるからこそどこかで齟齬ができたときにも微調整して長くシステムを利用することができる。弁護士は,そういった社会の余白であるべきだと常々感じる。

僕自身は,弁護士という仕事へのこだわりがあまりない。というか全くない。むしろ「これしかできないから」やっているというのが正直なところだ。自分のできることがわかっているから集中しているようなもの。自分のできることをきちんと理解して社会に提供する。それでもみんながそれなりにうまくやってくれる。そういう生き方がいいなと。