【セミナー報告】労働事件で失敗。中小企業にありがちな就業規則のトラブル

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2021.04.28 社労士の方へ

4月27日に久しぶりにウェビナーにてセミナーを開催しました。今回のテーマは,「僕はこんな就業規則で泣いてきた」と題したものでした。読んで字のごとくですね。苦笑 労働事件において企業側として反論の根拠になりうるものに就業規則があります。就業規則の記載があるからといって直ちに企業側が有利になることはありません。ですがなければ反論の余地なしということになりかねません。実際の事件においても就業規則のミスが原因となって労働事件において企業の負担するコストが大きくなるケースも少なくありません。先日のセミナーでお伝えしたことを整理してこちらにもあげておきます。

就業規則とは経営者の理念を組織に反映させるもの

そもそも中途半端な就業規則がでてくるのは,経営者が作成を経費としか見ていないからです。「社員が10名を超えたから」「助成金に必要だから」といった外在的要因から作成に取りかかったものはとかく「その程度のもの」になってしまいがちです。就業規則は,作り方しだいで組織をより活性化させる起爆剤にもなります。漫然と作成するのはせっかくの成長の機会を自ら放棄することに等しいといえます。就業規則の根底にあるのは,経営者としての「いかなる組織を作りあげたいか」という哲学であり野望です。「10年後にこういう組織にしたい。それを逆算すれば1年後にこういう組織になる必要がある。そのために就業規則で何を定めるべきか」という発想こそ求められます。ただし現実には経営者の理念を就業規則としてカタチに仕上げるのは簡単なことではありません。その連結を実現するのが弁護士・社会保険労務士と言った専門家の役割です。間違っても「就業規則を用意しておいて」と依頼して「はい。わかりました」と安請け合いするのは専門家ではないです。少なくとも僕は認めていない。

「どのような就業規則にするべきかわからない」というのは,自社の成長性の方向性が定まっていないからです。成長のベクトルが具体的であるほどに就業規則についても詳細なものになってきます。具体的な記載方法は専門家に相談して決めればいいだけのことです。例えば事務所では「きちんとした経営」というのものを将来の在り方として設定しています。そこでは他者に与える印象も重視しているため就業規則において身だしなみについてもかなり触れています。「その身なりが妥当なのか」という議論をしたくないため「事務所のルールでこうなっています」と淡々と説明するためです。つまるところ就業規則とは経営者の発言や指示に対して根拠を付与するものとイメージすればいいでしょう。自信をもって組織の采配をふるいたいのであれば,就業規則にこそこだわりをもつべきです。

就業規則は内容と運用の両側面から考えていく

就業規則の策定は,内容と運用というふたつの側面から成り立っています。とかく就業規則が大事=内容にこだわるべきとイメージされがちです。もちろん就業規則の内容は重要ではありますが同じくらい手続についても重要です。これは車の両輪のようなものであっていずれかに支障があれば労働事件になりがちです。

例えば社労士の方に就業規則の作成を依頼したとします。立派な作品が納品されて経営者としても「費用をかけただけのことはある」と満足するかもしれません。ですが就業規則は,それを社員に周知する必要があります。「就業規則はどこに保管されているかも知らされていなかった」となれば労働事件において就業規則の変更の有効性が争われる可能性があります。これでは就業規則を変更した意味がありません。社労士の方としては,納品時に「きちんと社員に説明して受領書をもらってください」と説明していたにもかかわらず経営者が失念していたというケースはいくつもあります。こういうときは,「そんな説明を聞いていない」と経営者と社労士の方との間でトラブルになることもあります。誰が何をどこまで負担するのかはきちんと確認しておくべきでしょう。できれば社労士の方に社員への説明会までは開催してもらうようにするべきです。

あとこのところ争われるのは,就業規則に署名する代表社員の選定過程です。「なんとなく経営者と仲の良い社員にサインをしてもらっていた」というのであれば「社員の過半数を代表した者ではない。そもそも選定過程が恣意的だ」と批判され争われることがあります。どういうプロセスで選定したのかを事後的にチェックできるようにしておくべきです。

内容としては時代において労働環境も変化するために「ここだけに注意するべし」と指摘することは容易ではありません。ですがトラブルになりやすい部分=就業規則の記載内容が争点になるところとしては次のようなケースが多いでしょう。

  • 残業代の規制(固定残業・許可制など)
  • メンタルヘルス(社員のうつ病)
  • 定年退職者の再雇用

いずれの場面についても就業規則の規程のミスが影響しかねません。

就業規則は定期的にアップデートしていく

労働規制は日々変化していくため就業規則もアップデートしておくべきです。3年間同じ内容というだけで「大丈夫かな」と不安になります。経営者が規制の変化をいつも意識しておくことは非現実的ですから顧問の社労士の方を確保して自動的に就業規則が変更される仕組みを導入しておくべきです。もちろん費用はかかりますが労働事件を解決するために費用に比較すれば低額でしょう。なにより「組織を発展させるため」という積極的な投資といえます。経営は投資をしなければ利益になりません。

AIなどが発展して仕事が減少すると言われることがありますが個人的には懐疑的です。仮にある特定の作業がなくなれば,余剰人員は他の分野に向かうだけのような気がします。技術が発展すればあらたな労働領域がうまれてくると考えています。それをイメージできないから「仕事がなくなる」という発想につながるのではないでしょうか。おそらくこれからの時代においても「はたらく」という活動は続くはずです。なぜなら人は勤労を通じて達成感や満足感を手に入れる存在だからです。「ずっと遊んでいていい」と言われてもなかなかきついものがあります。「はたらく」というプロセスがあるからこそ遊びによるリフレッシュがあるわけですから。これからの方向性としては,はたらき方が多様なものになるのでしょう。

そういった多様性を拾い上げていくには,やはり社会保険労務士の方の意味が増してくるはずです。優秀な社労士の方を確保しておくことは,企業経営の発展のために必要なことです。難しいのは「なにをもって優秀と判断するか」ということです。士業の場合には,各経営者の性格との整合性というものがあります。ですからいちがいに「このタイプの先生がいい」とは判断することができません。大事なのは,経営者として相談しやすいかということです。相談をもちかけて「わかりません」という回答がなされるのは問題ありません。むしろ「わからないことをわからない」とはっきり認識しているのは知的な姿勢です。そこからの対応が士業のクオリティのような気がします。わからないなりに「調べる」「誰かを紹介する」など尽力できるからです。そういった視点で選択してみるとよろしいかと。