自分の正義は,自分の正義でしかない

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2021.07.23 社労士の方へ

 中小企業における労働事件は,会社対社員というよりも,経営者対社員という構造の場合が多いです。先生方も共感されるでしょうが,円満に解決するためには,経営者としても譲歩するべきところを譲歩していただく必要があります。ですが経営者は,「自分の会社だ」という自負があるために,なかなか「譲歩する」という発想に至らないことがあります。相手が,いわゆる問題社員であればなおさらです。こういった経営者のスタンスが問題を拡大させてしまうことがあります。これまでの経験からしても問題の火種は小さくても経営者の姿勢に対して社員が反発して問題が複雑化したというケースも少なくありません。おそらく先生方としても「そうだよな」と共感されるところがあるでしょう。

 人間同士のトラブルというのは,たいてい当事者双方に問題点があるものです。全面的に一方にだけ責任があるというケースは,むしろ珍しいといえるでしょう。これは人間が相互に影響を与えながら社会を構成しているからです。労働事件においても同じです。経営者側及び労働者側の双方に何らかの落ち度というものがあります。そのため問題の解決のためには,依頼者である経営者においても問題点を理解していただく必要があります。「自分にも問題がある」と自覚していただければ,その後の交渉はスムーズに進むことが多いです。
 もっとも先生方が根拠を提示して説明しても,すぐに経営者として納得していただけるものではありません。なかには自分の問題点には触れずに「問題にならないためにこれまで依頼してきたのでしょ」と責任を転化して先生方を批判する方も目にしたことがあります。アドバイスを求められ弁護士として説明するときにでも同じです。いくら論理的に説明しても,「うちの会社ではそうではない」と否定されるときもあります。「いくら御社の慣習と言っても法律を歪曲させることはできない」と説明しても平行線のままということもあります。「自分が正しい」という強い意識を持っておられる方は,なかなか対応に頭を悩ますことになります。経営者には,他人の人生を背負う者として高い倫理性が求められます。ですから自分なりの正しさを追求する姿勢は,経営者としてあるべきものです。ただし同時に人は,「この世界に唯一の正しさはない」ということも自覚する必要があります。さまざまな価値観の人がタペストリーのように重なることで社会が成立しています。「これのみが正しい」という意識は,ときに独善に陥り周囲との軋轢を生みだしてしまいます。高い倫理性のなかには,そういった多様な価値観が併存していることを理解して尊重する姿勢も含まれるのでしょう。

 僕は,経営者のスタンスに理解を示しつつも「それは無理です」とあえて明確に伝えます。「機嫌を損ねるのではないか」と曖昧なスタンスで説明をするのは避けるべきです。かえって混乱します。こういうときの役回りは,弁護士が担うべきと考えています。個人的には,それで仕事にならなかったら「ご縁がなかった」ものと割り切っています。誰かがはっきり伝えないと泥沼化します。しかも,僕はできるだけ面談のなかで伝えるようにしています。僕は,言いにくいことこそ,きちんと自分の言葉で伝えるべきと考えています。実際に膝をつき合わせて説明すれば,しぶしぶ納得していただけることが多いものです。

 あと,対応に苦労する場合としては,経営者がいつまでも決定できない場合です。弁護士はあくまで代理人であって本人ではありません。いかにアドバイスをしても,方針を決めるのは経営者です。その経営者が,ひたすら思案するばかりでいつまでも決定ができないと,事件が滞留してしまい,さらに問題が複雑化することがあります。
 経営における決定には,「正解」というものがありません。「正解があるはずだ」と考えると,いつまでも決定をすることができなくなります。どこかで「えいやっ」という判断が必要になるはずです
 もちろん,経営者が悩まれるのはよくわかります。わかるがゆえに,「決定していただけなければ何も進展しません」と明確にお伝えすることもあります。優しい言葉だけではなく冷静な意見を伝えるのもアドバイスする者の役割と考えています。

*本記事は社労士の先生方向けのメルマガからリライトしたものです。ご興味があればメルマガにもご登録ください。