重大な労災事故。そのときいかに対応するべきか

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2021.08.04 社労士の方へ

労災事故は,いかに注意をしていても発生することが現実的にあります。なかには死亡をはじめとした重大な結果をともなう場合もあります。重大な労災事故の場合には,本人のみならず御家族の生活にも多大な影響を与えることになります。こういった重大な事故が発生したときにいかなるところに注意するべきかについてまとめておきましょう。

労災事故において事業主が考えるべき責任は3つあります

ご存じのように労災事故において事業主が考慮するべき責任は,行政上の責任,刑事上の責任及び民事上の責任の3つあります。行政上の責任とは,イメージとしては対監督署としてください。社会保険労務士の方としては,労基署との関係で対応することがもっとも多いでしょう。典型的なものとしては報告書の作成などになります。次に刑事上の責任としては刑事罰の有無についてです。刑事責任まで追及されるかは,事案の内容によって異なりますが死亡事案では追及されることが多いでしょう。最後に民事上の責任は,被害者に対する賠償金の話です。労災補償で填補されない部分については事業主が負担することになります。こういった3つの責任は,独立した性質を有するものです。ですがひとつの事実に関するものであるため完全に独立して判断されるというよりかは相互に影響しながら判断されるというのが実際のところでしょう。例えば民事上の責任を追及するうえでは,刑事事件の資料が証拠として利用されます。

これを時系列に基づいて整理してみましょう。重大な労災事故が発生した場合には,労基署から動きだすことが多いです。これは労災保険の支給決定の関係もあるので「労災事故があったのか。あったとしてどのようなものであったのか」を行政としても早急に判断せざるを得ないからです。ここで判断をもたつかれると本人あるいは家族としても対応に苦慮することになります。先生方としては,事業主からの依頼で労基署に提出する書面の作成を依頼されることがあるでしょう。提出された資料は事後的に民事上の責任を考えるうえでも根拠になりますので注意されてください。社会保険労務士法第1条の2は,「社会保険労務士は、常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正な立場で、誠実にその業務を行わなければならない」と定めています。先生方としては,あくまで公正な立場で労災事故の状況を報告することになります。報告書を作成する場合には,可能な限り現場を訪問したうえで確認することをお勧めします。重大な事故の場合には,警察が現場検証などをしているはずですが改めて「自分の目」で確認するということは大事なことです。脱線しますが自分の目で見てもよくわからないということもあるでしょう。もしなんとなく違和感があれば,その部分はぜひ共有していただきたいのです。そういった違和感から手綱を引いていくと事案解決のヒントにたどり着くこともあります。

こういった現場の確認をするさいには,可能であれば労働安全衛生法に反することはないかという視点で捉えていただけると事業主側の弁護士としては助かります。労働安全衛生法は,技術的な側面が多くなかなか簡単には理解できません。少なくとも僕は労働安全衛生法についてよく理解していません。ですから労働安全衛生コンサルタントの方に相談をして「どこに過失があると考えますか」と話を聞くことがあります。そうすると「ここにカバーがない」「安全帯に問題がある」などヒントを手に入れることができます。先生方から「ここに問題がある」と教えていただけると事案の整理がしやすくなります。

いずれにしても早期に弁護士をつけるべき

重大な労災事故の場合には,関係者の刑事責任が追及されることもあります。内容としては業務上過失致死傷罪などが典型的です。刑事処分としては罰金や禁固といったものが想定されます。こういった刑事事件になりそうな場合には,できるだけ早めに弁護士に相談して対応してもらうようにしてください。

刑事処分は,時間的にタイトな場合が少なくありません。「起訴されてから弁護士に相談」というのは正直なところ弁護士としてできることに限界がでてきます。弁護士をつければ当然ですが弁護士費用はかかります。かかりますが刑事責任を軽減させるという意味においては費用をかけるべきでしょう。

重大事故においては被害者側として弁護士をつけて訴訟をすることが多いです。示談に比較して訴訟の場合には賠償額が高額になるからです。特徴的なものは,弁護士費用の負担です。例えば被害者側の損害が3000万円としましょう。このとき訴訟では損害の1割に相当する300万円も被害者側の弁護士費用として加害者の負担になることがあります。「被害者としてやむをえず弁護士に依頼したのであるから弁護士費用の一部を加害者が負担するべき」という判断からです。

重大な労災事故として個人的に経験することが多いものがフォークリフトに関するものです。工場内であるため規制が十分に機能していないこと,視界が一般の車両と異なること及び360度旋回が容易であることなどが要因として挙げられます。このような事故の場合には,被害者側の過失が過失相殺という形式で争われることになります。いかなる点を過失相殺として評価するべきかについては過去の類似事例から推測していくことになります。

労災保険との損益相殺の整理をしていただきたい

事業主側の代理人として民事賠償の案件を引き受けたときに悩むのが労災保険との損益相殺です。重大事故の場合には,訴訟の開始前の段階ですでに労災保険に基づく給付がスタートしています。労災給付と損害賠償については,調整規定が定められていますので事業主側としては「既に支払ったもののなかで請求から外すべきものがある」と反論することになります。もっとも具体的にいかなる支給が損益相殺の対象になるかはないようによっても異なります。私としては,この調整について先生方に意見を求めたり調査を依頼することもあります。なんでもかんでも自分ひとりで対応することが事案の解決のために適当だとは考えていません。必要に応じて他の専門家のアドバイスなどを手にすることが早期の解決になるものと割り切っているというわけです。先生方には労働者がこれまで受領した給付の内容を確認していただき損益相殺の対象になるものの総額を算定してもらっています。普段あまり損益相殺について検討されることはないはずですし頻繁に利用するような知識でもないです。ですがいちど自分で調べて整理してみると労災事故の全体像がぐっとイメージできるようになりますのでお勧めです。

あと細かいのですが示談するときにも労災給付に影響しないか気をつけるようにしています。損害賠償を受けることによって将来の労災給付が減額あるいは停止することもあります。これは行政としては「法律に基づいて」ということになりますが労働者側としては「そんな話は聞いていない。おかしい」とトラブルになることがあるので注意が必要です。細かい部分なので弁護士としてもなかなかわからないところがあります。ですから先生においては損害賠償を受け取ったことによって将来の年金などに影響がないかについても相談することがあります。