これからはじまる事業承継。そこで再定義するべきことがある

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2021.07.15 (更新日:2021.07.19) 事業承継対策

「社長、その事業承継のプランでは、会社がつぶれます」をご覧になかった方からは,たいてい「あまりにもリアルすぎて読むのがつらい」という声をいただきます。こちらも中途半端な気持ちで執筆していないのである意味でリアリティを感じていただけるのであれば執筆の目的を達成したといえるでしょう。ただ本のなかでは紙面の関係からどうしても書き切れない部分もでてきます。とくに「事業承継をきかっけに利益を伸ばす」という視点からのコメントについては,書き切れていないところがあります。事業承継というのは,とかく先代と後継者が事業を引き継ぐ(≒可能な限り現状を維持する)ものとしてイメージされてしまいがちです。先代の事業を引き継ぐだけでも立派ではありますが後継者の独自性というものがなくなります。企業のなかには事業承継を契機に売上を拡大させるところもあります。そういったところにはひとつの共通点があるような印象を受けます。

自社の事業を再定義する。それだけで思考の枠が広がる

「御社の事業はなんですか」と質問された場合にいかなる回答がでてくるかで会社の将来性を判断するひとつの参考になります。私たちは,とかく事業を定義するさいに提供するサービス・商品をベースにした定義を試みます。例えば「法律事務所をやっています」というのもリーガルサービスというサービスから定義されたものです。イタリアンにしても「イタリア料理を提供する」というところから定義されるわけです。これまでそういったサービス・商品ベースの事業の設定で問題はなかったかも知れません。ですが時代は,モノからコトへの時代と変遷しました。人々はたいていのものをすべて保有しています。その状態でさらに別のものを購入してもらうとなれば,商品を通じた体験というものにフォーカスする必要があります。それにもかかわらず事業の定義はいつまでもサービス・商品ベースというのであれば,変化する時代にまったくマッチしていません。

「事業の定義なんて。売上になるものでもない」と笑われる方もいらっしゃるでしょう。そういう方は無意識の定義というものがもつ力をあなどっています。私たちは,自分たちが描く事業の定義によって思考の枠を設定しています。「イタリア料理屋」というだけでもはや思考は「イタリア料理」という枠のなかでしか考えることができなくなります。ですが顧客は,イタリア料理を通じて日常を離れた楽しい時間を誰かと過ごしたいと願っているのかもしれません。そうなってくるとイタリア料理のみならず,それをとりまく環境の演出も不可欠になってくるでしょう。事業の定義を見直すことは,いったん既存の定義を捨てより広い視点で事業を考えることができるようになるわけです。

過去の成功体験こそ障壁になる

事業の再定義が大事というのは言われなくてもみなさんわかっています。ですが過去の成功体験がある会社ほど自社の商品から離れた事業の定義づくりに苦労します。事業の再定義をするなかでは,ときに過去の成功体験を否定する場面もでてくるからです。「過去の成功体験に固執してはならない」というのはあらゆるところで耳にすることですが,実際の数字を目にすると容易なことではありません。「なぜ数字があるのに放棄しないといけないのか」という自問自答に陥ることになります。人間は,基本的に変化を嫌う存在です。頭でわかっていても行動するのは相当ストレスなものです。

こういった事業の再定義を検討するさいには,できれば外部の人に意見を求めるのもひとつです。どうしても身近な人だと同じような視点になるので既存の定義の影響を受けてしまいます。あえて事業とのつながりが薄い人に意見を求めてみると「そういう発想もあるのか」と驚きをもって受け止めるときもあります。そして事業を定義するときには,「顧客が何を求めているのか」についてじっくり時間を取って考えるべきです。そこから離れてしまうと空理空論の定義しかできなくなってしまいます。人々のニーズというのは,わかるようでわからないのが実際のところです。本当に理解できるのであれば世の中は成功者のオンパレードでしょう。わからないからこそ観察して推測していくほかないです。顧客に質問したとしても本人もなぜ「その店」を選択したのかわからないものです。「なんとなく」が本音のところでしょうがあとづけで理由を考えて回答するだけになってしまいます。だからこそ自分で考えるほかありません。顧客の声はあくまで推測するための資料ということになります。

事業承継においてはぜひ事業の定義というものに取り組んでください。思考の枠が広がり新しい視点でサービス・商品をうみだすきっかけになるでしょう。