労務

良好な職場環境は,適切な医療の提供のために不可欠です

医療は,医師を中心としたチームで提供されるものです。良好な職場環境は,適切な医療の提供のために不可欠と言えるでしょう。ですが少なくない院長が「問題のある職場」を前にして頭を抱えておられます。誰しも人間関係がギクシャクした職場で働きたくはありません。 
労働問題がなく安心できる職場は,院長が自らの手で作りあげていくべきものです。そのためのヒントをお伝えします。 

Q1クリニックにおける労働トラブルとしてはどのようなケースがありますか

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 クリニックの労働問題の特徴としては,①スタッフ同士が派閥を形成すること②特定のスタッフの行動により職場全体が翻弄されること③事務長(≒院長の配偶者)とスタッフ間の感情的対立になりやすいことなどが挙げられます。
 院長としては,世間体に配慮するばかりに労働問題が発生したさいに「うまくやって欲しい」と曖昧な対応をとってしまい問題がより複雑化してしまいがちです。
 早期解決のためには問題点が発覚した時点で業務指導も含めた明確な対応が必要となります。

Q2具体的なトラブル案件としてはどのようなものがありますか

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 クリニックにおける具体的なトラブルとして典型的なのは,①協調性のないスタッフによる周囲との関係悪化②院長を含めた上司からのパワハラ③スタッフによる横領といったものが挙げられます。
 院長は日常の業務に翻弄されてしまいスタッフの監督について事務長などに丸投げというケースが少なくありません。事務長としては,院長とスタッフの板挟みになってしまい身動きとれなくなっているケースも少なくありません。
 労働問題は,組織のトップが自ら解決するべき問題です。この点を誤解すると院長に対するスタッフの信頼を失うことになりかねません。

Q3クリニックで労務トラブルがあるとどんな弊害がでてきますか

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 労働問題が発生するとなにより院長としては目の前の業務に集中することができずに精神的な負担がかかります。信頼していたスタッフから矢が飛んでくるというのはやはりつらいものです。
 また労働法制は,基本的に労働者を保護するものであり院長を保護するものではありません。問題の解決のためには,相当の経済的な負担(解決のための支払う費用あるいは採用した弁護士の費用など)が発生するのが現状です。
 さらにクリニックの場合には,特定のスタッフが他のスタッフを引き連れて一斉に退職することも現実的にあります。院長としても退職を無理に引き留める方法はありません。このような場合には,事業の存続自体に影響することにもなりかねません。

Q4クリニックにおいて労務トラブルが発生しやすい根本的な理由はどこにありますか

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 クリニックにおける労働事件の根本的な原因は,採用におけるミスマッチです。医療現場は,恒常的な人手不足に悩まされています。この傾向は新型コロナによりさらに深刻になっています。そのため「応募してくれるだけありがたい」ということで安易に採用してトラブルに発展するケースが後を絶ちません。
 とくに医療現場のスタッフは,圧倒的な売手市場であることを認識しているためクリニックの経営に不満があればすぐに他の職場に変わってしまうこともあります。結果として医療機関を転々とする方がでてきます。
クリニックにとっては,採用におけるコストばかりかかり人手不足がいつまでも解消しないというジレンマに陥ることになります。

Q5周囲と協調性がとれないスタッフがいます。なぜ周囲にあわせようとしないのか理解できず困っています

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 院長夫婦から圧倒的に相談が多いのは,「協調性のないスタッフがいる。どうしたらいいか」というものです。現実的な問題として「協調性がない」というのはあくまで印象に過ぎません。対処方法を考えるためには,「なぜ協調性がないという印象を受けるのか」について具体的な行動に落とし込んで整理していくことから始めるしかありません。業務指導をするにしても対象は,あくまで行動についてであって印象に対してすることはできません。
 クリニックでは,中途採用者に依存することが多いでしょう。とくに経験者となれば諸手を挙げて喜ばれるかもしれません。ですが中途採用者の場合には,「自分はこうやって仕事をする」というスタイルを確立しているケースがあります。そのため「前のクリニックではこうやっていた」と主張して自分のスタイルに固執することがあります。これが周囲からすれば「協調性がない」と感じるひとつの原因になっています。

Q6問題のあるスタッフに指導をしたいのですがかえって関係が悪化するのではないかと不安でうまくできません。どうしたらいいでしょう

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 スタッフとの関係がこじれるのを恐れるあまり問題行為を認識しつつ「もう少し様子をみよう」と自分を納得させ具体的な行動にでることを躊躇するケースが散見されます。これは問題の先送りでしかなく問題を放置することでさらに解決までのプロセスを難しくさせます。「人手不足で院長も厳しいことは言えない。このくらいなら許されるのだろう」という間違った自信をスタッフに与えることになりかねないからです。こういった間違った自信が高まるとまるで院長のように振る舞うスタッフがでてきてしまいます。
 問題行為を発見したときには,「その場」で注意することが必要です。協調性がないと評価するのであれば,その評価の根拠となった具体的な行動について指導をします。このとき指導した実績をかたちとして残すために口頭だけではなく書面で交付することも検討するべきです。

Q7スタッフが会社の金銭をとっていることがわかりました。スタッフの責任をどのように求めるべきでしょう

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 クリニックの経営は,分業化が進んでおり特定のスタッフが特定の業務を専属的になっているケースが少なくありません。そのうえ院長も診察で多忙であるため他のスタッフが具体的にどのような仕事をしているか十分に目を届けることがなかなかできません。そのためクリニックにおけるスタッフによる不正行為は少なくありません。
 典型的な事例としては,クリニックの金銭や在庫商品の取得といったものがあります。こういた不正は,業務時間中に秘密裏になされるため発覚が遅れがちです。たまたま担当者が休んで「おつりがあわない」ということで事態の発覚につながることもあります。しかも気が付いて事情を聞こうとした「明日から出社しません。退職します」とSNSで連絡されるだけということも珍しくありません。
 院長は,証拠も曖昧なまま本人を呼びだして責任を追及するようなことは避けるべきです。事後的に「根拠なく横領したといわれた」と争われる可能性があります。事前に弁護士に確認して証拠を確保してから本人に告知するべきでしょう。そのうえで刑事責任と民事責任を考えていくことになります。「物事を大きくしたくない」ということで賠償をきちんとすればあえて刑事告訴しないというケースも多いです。

Q8問題のある社員に退職を勧めることは違法なことでしょうか。退職に応じない場合には,解雇もできるのでしょうか

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 問題のある社員に対して院長が退職を勧めることは,それ自体がただちに違法ということではありません。人間関係でギクシャクした状態で勤務してもらうことは,労使双方にとって適切な判断とは限りません。もっとも「問題があるから退職して欲しい」ということでは,言われたスタッフとしても「はい。わかりました」と簡単に承服できるものではありません。院長のなかには「自分が言えば応じるだろ」と安易に捉えている人がいます。こういうタイプの方は,たいてい失敗して相手も弁護士をつけて労働事件になりがちです。
 退職を勧めるさいには,相手としても受け入れやすい条件を提示できるかがポイントになります。具体的には退職金の上乗せなどの経済的インセンティブの確保になります。
 なおスタッフが退職に応じないからといって解雇をすることは避けてください。解雇は,スタッフの意思に関係なく院長の判断のみで労働契約を解消させるものです。現在の日本の労働法制のもと解雇が有効になるのは著しく制限されています。安易に解雇してしまうと「不当解雇だ」と争われることになります。解雇をする場合には,事前に弁護士の意見を確認するべきです。

Q9スタッフに指導すると「パワハラだ」と言われないかと不安です。指導方法において注意することがありますか

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 パワハラは違法な行為です。ですが「パワハラになるかもしれない」と疑心暗鬼に陥りあるべき指導すらなされていないケースも目にすることがあります。これは院長の求めるべき医療を提供することが難しくなります。
 業務指導がパワハラとしての批判を受けないようにするためには,口頭ではなく書面で通知することを意識してください。とくに「もめるかも」と感じるときには書面にこだわるべきです。とかく口頭でのやりとりでは感情的になってしまい言い過ぎることがあります。また院長とスタッフが密室で話をしていると「威圧的に言われた」「セクハラをされた」と指摘されることもあります。最近では院長の発言がスマホで秘密裏に録音されていることも増えてきました。
 こういった指導書は,事後的に裁判になったさいに「きちんと指導していた」ことの証拠になります。たんに口頭では「言った」「言わない」の議論になり院長に不利な判断がなされます。

Q10クリニックにおける労務トラブルを回避するために事前にできることがありますか

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 労働事件を防止するためには,①採用を立ち止まって慎重にすること②労働環境の整備を実施すること③退職時のフォローを整えることがポイントになります。
 労働環境の整備としては,労働契約書及び就業規則の整備が最初に取りかかることになります。とくに就業規則は,トラブルになったときに院長サイドの主張を基礎づける根拠になるものです。「開業時に作成したまま」というのではあまりにも心許ないです。労働法制は日々変化しており就業規則も改定を重ねていく必要があります。
 もっとも多忙な院長が就業規則のアップデートを自ら実施するのは現実的ではありません。そこで労働環境をコーディネートとするアドバイザーとして優秀な社会保険労務士の方を確保しておくべきです。