20歳の僕へ、不器用な「悪手」を抱えたまま生きていくということ
弁護士:島田 直行
投稿日:2026.01.11
冬の朝、少し冷たくて澄んだ空気を吸い込むと、街に溢れる華やかな色彩がいつもより鮮やかに見えます。もうすぐ成人式ですね。新成人になられた皆さま、そしてご家族の皆さま、本当におめでとうございます。
晴れ着に身を包んだ若い方々の姿を見ていると、こちらまで背筋が伸びるような、それでいて心がふんわりと軽くなるような、そんな不思議な多幸感をお裾分けしてもらっている気分になります。これから皆さんが紡いでいく時間が、どうか豊かで、優しい光に満ちたものでありますように。
そんな華やかな景色を眺めながら、ふと、私は今の自分から「20歳の頃の自分」に何を伝えるだろうか、と考えてしまいました。
今の私は、弁護士という仕事柄、どこか正解を知っているように見られることもあります。けれど、実際の私はといえば、大事な打ち合わせがある日に限って電車に乗り遅れ、駅のホームでひとり冷や汗をかいたり、うっかり左右違う靴下を履いて出勤しそうになったり……。完璧とは程遠い、おっちょこちょいで不器用な毎日を過ごしています。
そんな等身大の私から、当時の僕に、そしてもし今、何かに迷っている誰かに届くなら。今日は少しだけ誠実な思いを込めて、大切にしたい3つのことを綴ってみたいと思います。
まず一つ目は、人生をうまくやる定石はないけれど、悪手はあるということです。
20歳の頃の私は、どうすれば最短距離で幸せになれるのか、その正解を必死に探していました。けれど、何年も生きてきて分かったのは、人生には「こうすれば必ず勝てる」という決まった打ち筋なんてない、ということです。物事の多くは運に左右されるし、予想外の連続です。
ただ、同時に分かったこともあります。それは、やってはいけない悪手は確実に存在する、ということ。 例えば、自分の心に嘘をつき続け、道理に合わない選択を重ねてしまうこと。これをやると後で必ず、自分自身が一番苦しい、面倒な状況に追い込まれます。定石を必死に探すよりも、これは悪手だなと思うことを丁寧に避けていく。それだけで、人生は案外、穏やかな方へ流れていくものです。
二つ目は、自分探しの旅に出る前に、今の自分を磨くこと。
私たちは自分探しという言葉が大好きですよね。現状に対する不満があると、どこか遠い場所に、もっと輝いている本当の自分がいるような気がしてしまいます。 けれど、正直に言います。自分探しの旅に出たら、多分戻ってこられません。多大な時間とお金を費やしても、手に入るものは何もないことになりかねない。当たり前ですが、自分というのは、今ここにいる自分しかいないわけです。
自分探しの正体は、多くの場合、自分のコンプレックスを前提にした他人への嫉妬のようなものでしかないんです。他人と比較していては、終わりがありません。
そもそも、幸せというのはどこか遠い場所にあるわけでも、特別な何かとして発見できるものでもないと思うんです。きっと幸せは、すでに私たちの足元に、すぐそばにある。ただ、私たちが忙しさや不満の中で、その足元に目線を向けていないだけではないでしょうか。外に探しに行くのをやめて、今ここにある自分自身を少しずつ磨き、足元の小さな光に目を向けること。それが結局、一番自分を救ってくれる道だったりします。
三つ目は、弱点を克服しようとせず、その凸凹を愛するということ。
学校教育の中では、弱点を補強して平均的なパフォーマンスを上げることが求められがちですよね。でも、大人の仕事や生活はそういうものではありません。弱点を克服するのは大変だし、苦手なことを無理に真似るのも難しい。それよりも、自分の長所や強みを伸ばすことにフォーカスした方が、ずっと良い成果が出せますし、何より生きるのが楽しくなります。
そして、人の弱さや不安、苦手なところこそが、その人の人間味を作る陰影なのだと思います。デコボコしているからこそ、人は誰かと繋がることができ、互いにサポートし合える。完璧なものは美しいかもしれませんが、誰かに寄り添う温もりにはなりにくい。自分は間違っているかもしれないという謙虚さを持って、他人と協力し合う感覚こそが、人との繋がりの中にこそ幸せがあるという、人生の根っこにある気がします。
20歳の私は、もっと完璧で、隙のない大人を夢見ていたかもしれません。でも今の私は、失敗だらけでデコボコなままの自分を、昔よりずっと気に入っています。
皆さんは、もし昔の自分に声をかけるなら、どんな言葉を贈りますか?
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