
畏れられる存在であることの意味
弁護士:島田 直行
投稿日:2025.04.28
最近、経営者向けにリーダーシップについてお話しする機会が増えてきました。やはり多くの経営者の方が、リーダーシップに悩まれているのが実情なのでしょう。私は労働事件に関わることも多いのですが、その立場からリーダーシップについてお話しすると、皆さん非常に納得される様子です。
ただ、リーダーシップに「これが正解」というものは存在しません。世の中には数え切れないほどのリーダーシップ論や研修本がありますが、それだけ正解が一つではないという証でもあります。それぞれの経営者や管理職の方が、自分に合ったリーダーシップを磨いていくしかない、というのが私の考えです。
また、リーダーシップは座学だけで身につくものではありません。実際に行動してみて、失敗を繰り返しながら磨かれていくものだと思います。実践の中で初めて、本当の意味でリーダーシップが育まれるのです。
セミナーなどで私がよくお話しする一般論があります。それは「優しいだけの職場は崩壊しやすい」ということです。現在は人手不足もあり、職場の安定性を重視するのは当然です。離職者をできるだけ少なくしたいというのは、どの経営者にも共通する思いでしょう。
しかし、職場の安定を目指すからといって、「なんでもかんでも許す」ようになってしまうと、統制が取れず、かえって壊れやすい職場になってしまいます。優しさだけでは、組織は成り立ちません。一定の緊張感があるからこそ、むしろ組織は安定し、働く人にとっても良い職場となるのです。これは人事評価や賃金のあり方にも通じる話であり、経営者の姿勢そのものが問われる部分だと感じています。
私が特に大事にしているのは、経営者は「愛される存在」よりも、「畏れられる存在」でなければならないということです。ただし、ここでいう「恐れ」とは、恐怖ではありません。畏敬の念、つまり「この人にはかなわない」と思わせるような存在感です。
特にオーナー企業においては、経営者の人格がそのまま会社のカラーとなります。会社がしっかりしているかどうかは、経営者自身の在り方にかかっていると私は考えています。私自身も、小さな組織ながら、そうした意識を持って組織運営に取り組んでいます。
そして、経営者に求められる最も重要なことの一つは、「組織の全責任を一人で背負う覚悟」です。ミスやトラブルが起こったとき、誰かのせいにするのは簡単です。しかし、それをした時点で、社員からの信頼は失われます。「自分の会社なのに、責任を取らないんだ」と思われてしまうでしょう。特にオーナー企業では、この感覚がより強くなります。
時折、「社員に恵まれない」と嘆く経営者にお会いすることがあります。しかし、そうした抽象的な批判を外部に漏らす人に限って、実は経営者自身に問題があることが多いのです。個人的な相談であればまだしも、一般的な話題として社員の問題を取り上げることは、感心できる態度ではありません。
むしろ、優れた経営者とは、社員を愛しつつ、すべての責任を自ら引き受ける人だと思います。そうした意味で、経営者とは本当に孤独な存在なのかもしれません。
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