医師がひとの問題で困惑するのは,3つの理由があるからだ

投稿者:
島田 直行(弁護士)
2021.05.15 (更新日:2021.05.17) 医療機関の方へ

医師は,問題社員とクレーマーというひとの問題に少なからず引っ張られています。「院長、クレーマー&問題職員で悩んでいませんか?」のなかで強調しているように両者は多分に共通点が認められます。具体的な対策を検討する前にまずは「なぜひとの問題で医師は悩むのか」という前提から整理しておくべきでしょう。原因を考えることなく抽象的に対策を検討しても本質的な解決には至らないからです。本書のなかで検討した原因の概要についてお伝えしておきます。

ひとの問題に対して確固たる解決の指針がない。結果として見よう見まねの無手勝流に

問題社員にしてもクレーマーにしても,相手は感情をもった個人です。感情は人によって異なるために「こうすれば,こうなる」と単純化して検討していくことが容易ではありません。つまり解決に向けた一般的な指針というものが提示しにくいというわけです。いかに知見を増やしても「相手の考えていること」を正確に認識することはできません。自分と相手はどこまでいっても別人だからです。相手のことを思っても相手にはなかなか伝わらないというのが世の常でしょう。結果として医師も「どうすればいいのか」と思い悩むことになります。

悩んだ段階で誰かに相談することができればまだ恵まれた環境です。たいてい医師とくにクリニックを経営する院長は,ひとの問題について心痛めても相談する相手がいないということが多々あります。ただでさえ多忙なうえに「クリニックの恥を外部に知られそうで」ということで相談を躊躇する傾向があります。とくに問題社員のことについては,クリニックの内部のことをあまり知られたくないという意識が強い気がします。気持ちとしては同情します。クリニックというのは,市民にとって救いの場であって「問題」という言葉からできるだけ距離を置きたいと願うはずでしょう。でも「なんとか自分で解決しよう」といろいろ手を打ってもうまくいくとは限りません。よくあるのが「ネットで事例を見た」「どこかで似たような話を聞いた」ということで個人的な判断で対処して問題をよりややこしくしてしまうものです。見よう見まねの無手勝流というのだけはナーバスな案件であるがゆえに避けるべきです。

医師はキャリアとして経営を体系的に学ぶ機会がない

医療というのは,公的な性質を内包しており営利性を追求する民間企業とは違った立場にあります。例えば医師法の定める応召義務といったものは,医師としての公的な責務を表しているといえるでしょう。しかしながら医療機関といえども経営の視点は絶対に必要です。医師としても霞を食べて生きているわけではありません。きちんと収益を上げてこそ地域医療を提供しより多くの患者を救うことができます。理念と現実を結びつけるのが経営手腕ということになります。とくにクリニックの場合には,すべての判断が院長夫婦の責任のもとで果たされます。院長夫婦の経営手腕がクリニックの経営を決定づけるといっても過言ではないです。これについて反論はないでしょう。

問題はいかにして経営を体系的に学ぶかということです。一般的な院長のキャリア形成においては,医学部をでて,どこかで勤務して,実績を積んだところで開業(実家を継承することも含む)ということになります。ここで中心に考えられるのは,医師としての技術性と専門性でしょう。それは医師として当然のことです。ただし冷静に考えて開業に至るまで開業としての経営方法を学ぶ機会はあまりにも少ないと言わざるを得ません。だからこそ医療のコンサルタントの方の支援を受けることになるのでしょう。経営を十分に学ぶことなく経営を余儀なくされるのが院長という立場です。

実際には開業したうえで経営についてセミナーや本で学ぶことも多いでしょう。とくに医師の場合には,「学ぶ」ということに抵抗はないでしょう。ですがたいてい「どうやって患者数を確保するか」「資産形成をいかに実現するか」といった類いのものが多いです。これも経営において大事なことですが経営のすべてではありません。ひとに関する問題も経営における主要な要素です。その部分を学ぶ機会が抜け落ちているというわけです。

まったく横のクリニックのことがわからない

情報というのは,共有されることによってより価値をうみだしていきます。院長としても「他のクリニックにこんな問題はないのか。あったらどうやって解決したのか」を知りたいはずです。経験に勝る知見はないからです。とくに失敗したことについては,何かを学ぶうえでもっとも参考になるものです。みんなの知見を集合させることでより俯瞰的に事象をとらえることができます。

ですが現実的にはこういったひとの問題の悩みなどが共有されることはあまりない印象を受けます。どうしても困ったときには,懇意にしている他院の院長に「どうしたらいいか」と連絡をするのが精一杯ということになりがちです。院長としては,やはりひとの問題で悩みを抱えているということを他人に知られたくないのでしょう。そのためせっかくの貴重な情報もあくまで院長の個人的な経験で終わってしまい普遍化していくことができないという限界があります。

この点において弁護士は,さまざまな医療機関から相談を受けることになります。ですから類似案件の経験を積むたびに事案の勘所というものが見えてくるようになります。僕は,よく「あたりをつける」という言葉を利用して表現しています。ひとの問題は千差万別の様相ですがやはり問題のコアとなる部分があるものです。そういった部分は本書のなかで列挙したので詳しくは手に取って読まれてください。言いたいのは,経験を収束させてこそ体系化されるべき解決策が見いだされるということです。それはひいては日本の医療制度のレベルを上げていくことにつながると考えています。

詳細については本書にまとめていますのでぜひご覧ください。