ハラスメント
採用時のハラスメント防止による社会的信用形成
弁護士:松﨑 舞子 投稿日:2024.01.19
職場におけるハラスメントというと、従業員同士あるいは役員と従業員といった場面を想定することが多いのではないでしょうか。ハラスメントが生じる場面として、採用の段階も見落とせないところです。人材不足が加速する中、採用時のハラスメントで応募者が離れてしまわないように注意すべきポイントを本ブログでご紹介していきます。
目次
就活ハラスメントの実態
厚生労働省の調査によると、就活をした学生の約3割が、性的な冗談を言われた、性的な事実関係を確認されたなどのセクハラを受けた経験があるとされています。
就活生に対するパワハラの例としては、インターンシップ中の学生に対して暴言を吐く、面接の場で高圧的な態度で人格を否定するような暴言を吐き、学生を精神的に追い詰める圧迫面接といったものが挙げられています。
セクハラ、パワハラ以外のハラスメントとしては、自社の内定を出す条件として、他社からの内定を辞退するよう迫る、いわゆる「オワハラ」があります。
応募者が学生であるか否かを問わず、雇用する側として会社の方が強い立場にあることが多く、ハラスメントが発生しやすい前提条件があるといえます。
会社の側が意識的にハラスメント防止の取り組みを行い、採用担当以外の従業員や役員も含めて採用時のハラスメントを防止する必要性が高まっています。
就職差別につながるNG質問を理解する
会社と応募者とのミスマッチを防ぐため、会社としては、採用選考段階において幅広く質問をしたくなるところです。
ただし、応募者において責任のない事項、本来自由であるべき事項にまで及ぶ質問や調査については、就職差別となりうる点に注意が必要です。
厚生労働省は、質問あるいは調査をすること自体が就職差別につながるおそれのある事項として次の点を挙げています。
①本籍・出生地に関すること
②家族に関すること
③住宅状況に関すること
④生活環境・家庭環境などに関すること
⑤宗教に関すること
⑥支持政党に関することの把握
⑦人生観・生活信条などに関すること
⑧尊敬する人物に関すること
⑨思想に関すること
⑩労働組合(加入状況や活動歴など)、学生運動などの社会運動に関すること
⑪購読新聞・雑誌・愛読書などに関すること
⑫身元調査などの実施
⑬本人の適性・能力に関係ない事項を含んだ応募書類の使用
⑭合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断の実施
これらの事項の中には、応募者の人柄を知る意味で、何気なく質問してしまうものもあるのではないでしょうか。
令和4年度にハローワークが不適切な事象として把握した例によると、「家族に関すること」の質問が約40%を占めていました。面接の空気を和らげるために聞いてしまうケースが多いようです。
もちろん、質問に対して、応募者が不快な思いをせずに回答しているのであれば問題には発展しません。上記項目は、質問内容や応募者の状況によっては就職差別につながりうるものとして、質問する際には慎重になるべき事項と認識して採用活動に臨む必要があります。
採用時のハラスメントが裁判に発展した事例①-思想信条の調査-
厚生労働省が掲げている就職差別につながりうる項目の調査が問題となり、裁判に発展した例があります。
大学卒業者枠の社員採用試験に合格し、試用期間を設けて採用された従業員について、会社の調査により学生運動に参加していた事実が発覚し、本採用を拒否された事案では、当該従業員が会社による調査や特定の思想を持つことを理由とする本採用拒否の違法性を主張して裁判に発展し訴訟が提起されました。
裁判所は、会社は憲法上経済活動の自由を有しており、そこには雇用契約締結の自由も含まれていることを前提として、どのような人材をどのような条件で雇用するかについては原則として自由に決定できる、会社が就職希望者において特定の思想、信条を有することを理由に採用を拒否しても、それを当然に違法とすることはできないとしました。
裁判所は会社の採用の自由を広く認める見解を示しています。この見解に基づき、就職希望者の思想、信条を調査することについても当然に違法とはならないとしました(最大判昭和48年12月12日)。
採用時のハラスメントが現在ほど注目されていなかった頃の事例ではありますが、裁判となれば被告となる会社の名前や裁判における主張内容が第三者も把握可能となる点で、社会的信用に対するリスクが発生します。最高裁判所まで争われたとなれば、広く報道される可能性もあります。最終的に会社の主張が認められたとしても、不採用とした応募者から訴えられること自体が会社の信用を毀損する事態となりうる点に注意が必要です。
採用時のハラスメントが裁判に発展した事例②-同意のない感染症調査-
平成になってからの裁判例には、大学卒業者枠として内定を得たものの、B型肝炎ウイルスに感染していることを理由とする内定取消にあったとして、不採用としたこと及び無断でB型肝炎ウイルス感染判定検査を受けさせた事実が不法行為に当たるとして、会社が損害賠償の請求を受けた事例があります(東京地判平成15年6月20日)。
裁判所は、会社による不採用は不法行為には該当しないけれども、ウイルス判定検査は内定者のプライバシー権を侵害するもので違法であると判断しました。
不採用については、B型肝炎ウイルスへの感染といった不採用理由やその合理性について検討する前の段階で判断がなされたため、検査を行なった事実自体の違法性が別途判断されています。
裁判所は、B型肝炎ウイルス感染について社会的な誤解や偏見が存在するため情報保護の必要性があること、企業の採用選考における調査の自由があることを前提としたうえで、B型肝炎ウイルスは血液が体に入ることのない日常生活では感染しない点及びB型慢性肝炎となっても日常生活に制限を加える必要はなく、肝炎が安定していれば労働制限は必要ない点を考慮し、特段の事情がない限り、企業が採用にあたり応募者の能力や適性を判断する目的でB型肝炎ウイルス感染について調査する必要性は認められないとしました。仮に調査の必要性が認められる場合であっても、求職や就労の機会に感染者に対する誤った対応が行われてきた社会的背景があること、医療者が患者、妊婦の健康状態を把握する目的で検査を行う場合等とは異なり、感染や増悪を防止するための高度の必要性があるとはいえないことに照らし、企業が採用選考においてB型肝炎ウイルス感染調査を行うことができるのは、応募者本人に対し、その目的や必要性について事前に告知し、同意を得た場合に限られるとしました。
当該事案においては、会社が金融機関であり、採用にあたり応募者の能力や適性を判断するためにB型肝炎ウイルス感染の有無を検査する必要性は乏しく、B型肝炎ウイルスについて調査すべき特段の事情は認められないとしました。仮にその必要性が認められるとしても、本件ウイルス検査は、検査を行う目的や必要性について応募者に何ら説明することなく、応募者の同意を得ないで行われたものであるから、応募者のプライバシー権を侵害するものとして違法であると結論付けました。
応募者の健康状態を把握すること自体は妨げられないものですが、合理的な必要性が認められない調査、検査は違法となるといえます。会社の業務において従業員に必要な健康状態はどういったものかを吟味すると同時に、不合理な目的を含んだ調査となっていないか、といった点には留意する必要があります。
採用時のハラスメントの防止策
採用時のハラスメントを生じさせないための採用基準については、厚生労働省が公表している「採用選考自主点検資料」が参考となります。質問、確認事項といった内容面のほか、手続面や個人情報の取扱いについても留意する必要がありますので、体制の見直しの際には併せて検討されてみてください。
採用時のハラスメント防止を実践できるようにする取り組みとしては、採用担当者向けの行動基準を策定して研修を行う、採用担当者以外にも就活ハラスメント研修を実施して会社全体の機運を高める、といった例があります。
社内のハラスメント対策を充実させることで「相手に嫌な思いをさせない」という意識が醸成し、その意識を採用活動まで広げるというイメージです。
応募者として関わった方々も、貴社に魅力を感じて採用選考に臨み、その中で貴社の業務や働き方を知った立場にあります。貴社に魅力を感じた方々を大切にする姿勢は、貴社の社会的信用の形成・強化につながっていくのではないでしょうか。
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