解雇・退職
普通解雇の難しさから考える検討のプロセス
弁護士:松﨑 舞子 投稿日:2023.11.17
業務遂行能力が著しく低い、協調性がない、会社に対して反抗的といった従業員について、指導しても改善しない場合に、解雇も視野に入れた対応について相談を受けることがあります。本ブログでは、このような場合の普通解雇の検討プロセスについて説明しています。「解雇が法的に有効となるハードルは高い」という一般的なイメージから少し踏み込んで、具体的な限界がどのあたりにあるのかを把握することで、方針決定の一助となれば幸いです。
解雇の類型としての普通解雇
解雇は、解雇理由の観点から、大きく3つの類型に分けられます。
労働契約上の債務不履行を理由とする普通解雇
経営上の都合を理由とする整理解雇
重大な企業秩序違反を理由とする懲戒解雇
の3類型です。
懲戒解雇とするほど重大な事象はないけれども、労働契約上求められる労務を提供できていない場合に普通解雇を検討する流れとなります。
解雇は、従業員の唯一の収入源である場合が多い賃金を、会社が支給しなくなる事態を意味します。従業員が生活基盤を失う結果となるため、解雇の判断は慎重にすべきというのが労働契約法及び判例の立場です。労働契約法16条においては、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇は無効とされています。法律上の規定は抽象的となっているところ、客観的合理的、社会通念上相当と認められるハードルが高いということです。
普通解雇の判断の視点
条文上の要件である、①客観的合理的性、②社会通念上相当性について、普通解雇の場合の考え方を具体的にみていきます。
①客観的合理性については、解雇の理由が客観的、合理的に認められるかを判断します。
普通解雇の理由が「労働契約上の債務不履行」にある点からすると、労働契約や就業規則の規定が客観性の指標となります。
就業規則には解雇事由を規定しなければならないとされています(労働基準法89条3号)。そのため、就業規則の作成が必要な規模の会社においては、普通解雇事由を列挙されている会社もおありかと存じます。
労働契約や就業規則に明記された事項以外の債務について不履行を認める余地が全くないとまではいえません。ただ、裁判に発展した場合には明記された事項に不履行がないかという観点から判断することが多いといえます。労働契約や就業規則の規定は、具体的、網羅的にしておくことをお勧めします。
例えば、就業規則の構成としては、「能力不足で就業に適しないと認められるとき」「協調性を欠き、注意、指導しても改善が見込まれないとき」といった具体的な事由を列挙し、最後に「その他、前各号に掲げる事由に準ずる重大な事由があるとき」といった包括条項を設ける対応が考えられます。
②社会通念上相当性については、改善の機会を与えたか、その結果改善の見込みがあるか、業務上の支障の程度、解雇の方法以外での解決の可能性といった点を検討します。併せて、法令上の解雇手続きを遵守しているか否かも考慮要素となります。
普通解雇が有効となった事例
実際に問題となることが多い、能力不足、協調性不足、勤務態度不良について、実例を交えて普通解雇が有効となる場合を見ていきます。
【能力不足】
従業員に求められる能力とそこに不足があるか否かは、会社がどのような意図で当該従業員を雇い入れたかという視点で考えていくと判断がしやすくなります。
新卒一括採用で総合職として採用された従業員については、業務遂行能力を入社後の仕事の中で身につけていくプロセスが予定され、長期の雇用を前提とした人事の制度設計がなされています。裁判例では、長期雇用を前提として長年勤務してきた従業員については、解雇による不利益の大きさを考慮し慎重な判断をすべきとしています。具体的には、解雇が有効となるのは単なる能力不足だけでは足りず、経営への支障や損害が生じるおそれから排除が必要となる程度に至っていること、注意をしても改善の見込みがないこと、従業員に宥恕すべき事由がないこと等を考慮して判断がなされる旨判示しています(東京地方裁判所平成13年8月10日決定)。
解雇が有効になった裁判例では、危険な機器類を扱う場合に最低限守るべきことに違反したとの問題行動が、当該従業員ないしその周りにいる者に対して身体や生命に対する危険を有する行為であって看過することができないとの判断がなされています(大阪地方裁判所平成23年4月7日判決)。
他方、特定の役職や専門職として中途採用された従業員については、従業員に求められる能力の程度が特定しやすい傾向にあります。その程度に達していない場合は、能力不足を理由とする解雇が有効となることがあります。
例えば、マーケティング部部長として中途採用された従業員が、業務開始後7カ月経ってもマーケティングプランの提言をしなかった例(東京地方裁判所昭和62年8月24日決定)、塾講師として中途採用された従業員について、生徒によるアンケートで最低位が継続し、生徒や保護者から多数のクレームが寄せられ退塾者が出ていた例(大阪地方裁判所平成22年10月29日判決)では、解雇が有効とされています。
【協調性不足】
協調性不足を理由に普通解雇を有効とした裁判例の判断傾向としては、協調性不足により他の従業員の業務に支障が生じている、会社が何度か改善の機会を与えたものの改善の見込みがない、会社に対して反発的な態度を取っていた等の点を考慮しています(大阪高等裁判所平成24年4月18日判決、東京地方裁判所平成24年7月4日判決等)。
協調性不足の基礎となる事実関係は業務上の記録には残らないことが多いため、意識的に記録を作成しておく必要があります。業務に支障が生じた他の従業員からの報告書やヒアリングの記録、対象従業員に注意を行なったときの指導書といった記録を残す対応が考えられます。
【勤務態度不良】
懲戒処分の対象とはならない程度の不正行為に該当する勤務態度不良については、1、2回程度では普通解雇として有効とはならないことが通常です。勤務態度不良が繰り返され、注意をしても改善せず、業務に支障が生じている場合には普通解雇が有効となることがあります。
勤務態度の不良については、次のような例があります。
◆会社全体で統一的継続的な事務処理が求められる業務について、独自の事務処理方針で対応する(東京高等裁判所平成14年9月30日判決等)
◆個人的な興味のある研究に集中し、営業部員が必要とする情報を適示に提供しない(東京地方裁判所平成23年5月10日判決)
◆誤りを指摘されても対応が遅い、上司からの提案を受け入れない、思い込みに基づいて攻撃的な態度を取る(東京地方裁判所平成24年7月18日判決)
改善指導がどの程度必要であるかは、長期雇用が予定されているか否かによって異なります。
新卒一括採用の従業員の場合は、長期雇用を前提とする人事制度設計との関係で、慎重なプロセスが必要といえます。具体的には、書面での注意による人事上の処分に始まり、継続的な経過観察を踏まえて譴責や減給といった懲戒処分を行い、処分を繰り返しても改善しない状態まで至って解雇というプロセスです。
他方、流動性のある役職の中途採用者については、会社における適切な勤務態度、自身の流動性については認識していることが通常です。そのため、解雇までに踏まえるプロセスは新卒一括採用の従業員ほど厳密には求められないと考えられます。
解雇手続きの遵守
従業員が業務上負傷し又は疾病にかかり療養のために休業する期間等の解雇制限(労働基準法19条)、解雇予告手続(労働基準法20条)といった法定の手続遵守にも留意する必要があります。
労働基準法19条に違反した解雇は原則無効、労働基準法20条に違反した即時解雇については無効と解釈されています。
また、これらの規定の違反に対しては、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金という刑事罰も規定されています(労働基準法119条1号)。
社会保険労務士の先生の協力も得ながら確実に履行するようにしましょう。
解雇の前に退職勧奨での解決を検討
以上みてきたところによれば、普通解雇の有効性については、解雇を行った段階では判断が難しい場合が多いといえます。裁判で争われるとなれば、1年あるいはそれ以上の期間の対応を求められるリスクが発生します。争われた結果解雇が無効となり復職となった場合、会社としては統制が取りにくい事態となります。
そのため、対象となる従業員の退職しか策がないとなった場合には、後々トラブルとならないよう、可能な限り円満に退職を促す方法から試みる段取りを推奨します。
併せて、慎重な対応によりリスクを軽減するという観点からは、退職検討前の改善の段階、退職勧奨を検討する段階、解雇を検討する段階といった各段階に応じて弁護士や社会保険労務士などの専門家を関与させることも有益です。
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