たいてい、まぐれ
弁護士:島田 直行
投稿日:2026.09.22
今日は連休の中日ですね。
市内にも車がかなり多いです。こういう日は、あえて静かに、普段なかなか手をつけられない仕事をすることがあります。
仕事をしながら、ふと「まぐれ」とか「たまたま」ということについて考えていました。
どうすれば少しでも運のいい方向に自分を持っていけるのか。そんなことを考えることが多いんですよね。
なぜかというと、世の中で起きていることのかなりの部分は、実は「まぐれ」や「たまたま」なのではないかと思っているからです。
何かがうまくいったとき、その理由はあとからいくらでも説明できます。
「あの判断がよかった」
「あの努力が実を結んだ」
「あの戦略が正しかった」
もちろん、それ自体は間違いではないのだと思います。
ただ、本当のところは「たまたまうまくいったこと」に対して、あとからもっともらしい理由をつけているだけ、ということもかなり多いのではないでしょうか。
もし本当に理由どおりなのであれば、同じことをすれば同じ結果が出るはずですよね。
しかし現実には、なかなかそうはいきません。
同じように努力しても結果は違う。同じ判断をしても成功する人と失敗する人がいる。同じ方法を繰り返しても、前回と同じ結果になるとは限らない。
だから僕は、自分の中で「たまたまうまくいった」という感覚を忘れないようにしたいと思っています。
それは、自分の能力や発想を必要以上に過信しないためでもあります。そして同時に、うまくいかなくなったときに、すべてを自分の責任だと思わないためでもあります。
世の中では「努力すればうまくいく」と言われることが多いですよね。
しかし、現実には努力してもうまくいかないことの方が多いんです。
努力は必要。準備も必要。考えることも、行動することも必要。
ただ、最後の一振りのところには、どうしても運が入り込みます。
偶然誰かと出会った。
たまたま相手のタイミングがよかった。
少しだけ判断がずれたことで、結果的に良い方向へ進んだ。
そういう偶然が、最後に結果を大きく左右することは珍しくありません。
そう考えると、他人を見る目も少し変わってきます。
誰かがうまくいかなかったからといって、「努力が足りなかった」と簡単に決めつけるべきではありません。反対に、自分がうまくいったからといって、「自分の能力が高かったからだ」と思いすぎない方がいいはずです。
努力が必ず成功につながるわけではない——それは少し辛い現実かもしれません。
ただ、その現実は受け入れた方がいいと思っています。
では、その中で自分にできることは何なのか。
僕は、できるだけ「運が良くなる方向」を考えることだと思っています。
それでも方法が見つからないのであれば、別の選択肢を考えます。
一つのやり方に固執せず、別の道を探してみる。
人に会う。場所を変える。少し時間を置く。
そうやって、偶然が入り込む余地を増やしていくんです。
努力そのものを否定する必要はありません。むしろ努力は続けるべきです。
ただ、「努力さえすれば何とかなる」と考えるよりも、「努力しながら、運が入り込む余地も増やしていく」と考える方が、現実には近い気がします。
そして何かがうまくいったときには、
「自分がすごかった」ではなく、
「今回は、たまたまうまくいった」
くらいに考えておく。
そのくらいの感覚の方が、自分にも他人にも少し優しくなれるのではないかと思っています。
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